「露國東洋政略の近状(前號の續き)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「露國東洋政略の近状(前號の續き)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

露國の東洋政略を實施するに於て今の浦〓斯新德港を其、中心と爲す考なること論を竢たずと雖も同港の地勢は恰も其位置を長三角形の頂點に占めたる者にして一方の側面よりは絶えず敵の進撃を蒙むる恐なきに非ず即ち支那滿州と土地相接するが故に背後より其要害を衝かるゝ時は浦〓斯德はサイベリヤ本州との聯絡を斷たれ孤軍、圍城の中に〓る掛念是れなり特に支那政府に於ては近年頻りに滿州地方の殖民開拓を事として盛京、吉林の二省を置き兵備の規律整然容易に侮る可からざる有樣なりと云へば一旦事ある日に吉林地方より突然兵を露領に出して浦〓斯德を攻むる策必ずしも行はれ難きに非ず要するに今日實際の有樣に於ては今後は兎も角も露國が浦〓斯德を根據として支那滿州の領地を侵す能はざるは勿論、寧ろ支那の侵掠に抗して自家防禦の策を講ずるに汲々遑あらざる次第なればサイベリヤ鐵道の計畫は獨り此一點に於ても最も〓工を急がざる可からざる者なり

右の如く露國サイベリヤの鐵道は東洋政略の上に於て一日も〓工を忽がせに爲す可からざる者にして其議唯單に中央政府の意見なりと云ふに止まらず〓に本年十月十三日の事なりとか二十名の鐵道技師はオデサ港より海路を經て浦〓斯德に上陸し直に工事に着手する都合なりしと聞たれば昨今は今は早や測量の際中なる可し但し其鐵道の種類は狭軌道にして爾も單線なる由なれば軍用上の利害得失如何ならんかと其次第をも露人に質したるに(某

氏の質問と知る可し)露人の答に凡そ軍用の點に於て狭軌道の廣軌道に若かざるは明々白々の事實にして其優劣素より論を竢たずと雖も今の時は軌條廣狭の利害の爲めに徒に時月を移す可きに非ず獨り狭軌道の不便のみに止まらず其工事も單線なれば行軍運送百事遲延を生ずるは免れ難きの勢なれども苟も鐵道を敷設して歐亞間の聯絡迅速なるを得るとすれば單線狭軌道の工事なりとて先づ不都合を訴へざる可し殊に注意すべきは費用の一點にして繁開の都府を通過す可き鐵道ならば兎も角もサイベリヤの荒原、人烟稀れに行路通ぜざる其處に完全の鐵道を敷設せんとするは經〓の大本を〓る者にして寧ろ然るよりは不完全ながらも簾價の鐵道を迅速に敷設し了る手段大切なりと云はざる可からざると亦以て露國政府が此鐵道の竣成に鋭意熱心なると知るべきなり

浦〓斯德よりサイベリヤの荒原を横切りチーメン府までの里程凡そ七千英里なり即ち其距離は米國紐育桑港間の鐵道延長を二倍にしたる者にして工事決して容易なりと云ふ可からず殊に人〓の未だ普ねからざる原野の中に如何にして人夫を聚め又木材を送るを得べきや該地の事情を知らざる者は盖し此邊に疑を挿むならんかなれども第一人夫に不足なかる可きの事〓と云うは外ならず現在サイベリヤ地方に在る兵士二萬餘人、孰れも沿道の鐵道工事に使役し得べき者なれば露國政府取敢へず先づ此二萬人を鐵道隊に編製して都て土工に從事せしめ今後追々募る所の兵士にも皆工事を執らしむる手段なるが故に勞役の不足を感ずることある可からず又枕木其他鐵道工事に要用なる木材の供給に至りては鳥蘇利若くは黑龍江沿岸の森林〓鬱として良材の供給殆んど盡る所なきのみならず鐵道の線路は鳥蘇利河の南岸に沿ふて轉じて黑龍江の東岸より河流と與に北上する計畫なれば建築材料の運送も非常に便利ならんと云へり其氣候の嚴なるは言ふに及ばざる所にして浦〓斯德の港口も毎年十二月に氷結して翌年の四月迄解けざる有樣なれば同時に黑龍江一帶の航路も鎖さるゝを免れざれども堅氷を〓んで貨物を運搬する容易なるは特に河流の比に非ずして速力の疾き一點に於ても尚ほ尋常の汽船に讓らざれば鐵道材料の運送には四時の便暫くも絶えざる者なり而して其寒氣の割合には降雪少く、山陰〓間の地は格別、尋常の平地に在りては積んで五六尺に到ることも殆ど稀れなり一〓に北國と云へば積雪丈餘にも及ぶ者と信ずるは南方人の考なれどもサイベリヤ地方の氣候は決して然らず次に其地勢如何んを論ずるも數千里の地都て茫々たる平野にしてサイベリヤの月は草より出でゝ又草に没する喩へ〓言に非ず或は西邊オムスクトムスク等の地方に至れば〓然たる山岳なきに非ざれども東方サイベリヤの旅行には數十日を經て尚ほ山を見ざる奇談ある次第にして平原の間に横はる者は沼澤あるのみ隨て工事を〓すにも勾配を急にする必要なく或は〓道を穿つ困難にも當らずして直線に進むこと極めて容易なる可ければサイベリヤの鐵道は世人の想像よりも實際に進歩の功の〓はるゝは必然の勢なるが如し

唯爰に一の困難あるは露國財政の不始末にして獨り其國債の額の多きのみならず銀紙の差も著しくして政府人民與に其財用の足らざるに苦む今日なれば如何にして政府はサイベリヤ鐵道の資本を作る計畫なるや此一事最も解す可からざるに似たれども其國實際の富の程度は存外に貧究ならず殊に露國政府の常として一旦決定したる事業なれば中途に於て挫折せずして如何なる艱難辛苦をも耐へ遂に其目的を達するは專制國の特色と云ふ可き者なり聞く所に據れば露國がサイベリヤの開拓に從事してより本年に至るまで漸く二十箇年即ち日本の明治元年に其規模を計畫したる者にて僅々なる此歳月の間に無人の土地を開發し、〓に六十萬の人口を移して殖民の事業全く其基を固めたりと云ふ、露國政府が財政困難の中に於て斯くサイベリヤの開拓を竣工せしむるには今日まで幾何の費用を〓ちたるか殆んど其際限を知る可からざるに尚且つ之に屈せずして今後倍々其功を〓めんとする熱心より〓ればサイベリヤ鐵道計畫の他年一日落成を告ぐるに至るは明白の事實にして露國東洋政略の方向を察するにも此一事最も注意を怠る可からず云々

以上某氏の談話を其儘記述したる者にして我輩聊かも私見を交へたるに非ず西洋諸國が東洋の其經略を逞ふせんとする際、露國政略の近〓如何んを知るは蓋し讀者と與に我輩の最も大切とする所なる可し時事新報記者(畢)