「ヴンクーヴー汽船航路と日本との關係(前號の續)志賀 重昂」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「ヴンクーヴー汽船航路と日本との關係(前號の續)志賀 重昂」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

(第二)北海道との關係 北海道は日本の亞米利加なり日本新農政策の大試〓塲なり新日本の剛強なる子孫を産出する箇所なり北海道の日本致富上に關するや大なりと云ふ可し而して過去現在未來共に同道の殖産上に著しきものは沿岸所在の無盡藏たる海産物にして其大販路は〓國なり而して近來その海産物を上海以北に輸出するは少なからずと雖ども以南の地方には未だ至らざる處多しと云へり畢竟運搬の便宜に乏しきが故ならんなれば若しも北海道海産物の中心市塲たる函館港より香港まで直航の定期汽船あらしめば其物産は支那の南部に漸く販路を發見するや疑ある可からず、爰に加奈陀太平洋汽船は〓嶋より我横濱に至り夫れより香港に渡航する者なるを以て若し此航路を少しく變更し横濱に代ふるに函館寄港のことゝもならば北海の海産物は忽ち支那の南部に侵入する道を得べし

偖〓島汽船を函館に寄港せしむる議論は素より無稽の空想にあらず何となれば第一函舘は北邊に在るを以て〓島より横濱に到るよりも其航程を短縮する便利あればなり第二桑港太平洋汽船は在來横濱との間に定期航海をなせるを以て加奈陀太平洋汽船は寧ろ横濱以外の開港塲との間に定期航海を開くを以て得策なりとなせばなり第三日本潮流即ち黒潮は奥州北海道の沿岸を洗ひ平均一時間二海里乃至三海里の速力を以て北東の方向に流るゝを以て横濱より米國に航海する船舶はこれに乗じて船の進度を〓殖せんとし故らに北海道の沿岸を迂廻するを例とせり然れば〓嶋汽船が香港より〓航するに當り函〓に寄港するも些少だに迂遠と云ふ可からざればなり

左れば又前に論述したる如く〓嶋汽船と日本將來の農業策とを對照すれば此大農業は今日尚未だ地力を盡さざる地方即ち奥州北海道の平原に於て實施すべきものなるが上に其種牛は〓嶋近傍より輸入するを以て得策なりとすれば此處に陸揚げするは運搬の費用を省くのみならず其函〓に寄港する際に東京靑森間の鐵道も落成す可ければ〓嶋汽船に乗て函〓に寄着したる歐米旅客の中には日本の内地を見〓せんとして喜んで靑森よりの汽車に搭じて東京に到る者もある可し是れ順序を云へば先づ函〓市民をして〓嶋汽船の寄港に付き利益なることを悟らしめ市民協同して港〓の西岸龜田川の水源に樹木を〓植して其流砂を天然に防禦し(防砂の工業は落成したりと傳聞すれども固より人爲なるを以て遠大長久の計畫に非ず人爲の工業を竣成したる上は同時に天然の防禦策をもせざる可からざるや必せり)以て大汽船の徃復を次第に便宜ならしめ而して後全市民の名義を以て加奈陀殖民政府並に〓嶋汽船會〓と談判を試みるに在り其成否は固より期し難しと雖ども〓方利益の所在を明にするに於ては早晩その實施を目撃する日ある可しと余輩の信じて疑はざる所なり

(第三)日本人民の移住 海外遠征の氣風は内外の刺戟に因りて我人民の腦裡に〓染し來り與論等しく北米合衆國を以て移住に適する地方と認るものゝ如し然れども元來北米合衆國は歐洲各國人民の問屋塲の如きものなれば我人民の〓漫なる腦力と軟〓なる身體にては斯る敢爲大膽なる西洋民族と競爭して未だ必ず全勝を期し難し然るに幸なるは爰に加奈陀の地方は山河千里、平原茫々日本人民が容易に他の競爭に觸れずして安んじて業に就く可き天與の樂土なり盖し日本の人口は年々四五十萬の〓殖なれば其溢出の地方を他に仰ぐは避く可からざる要用にして其地方は氣候甚だ嚴ならずして住民は少なく、競爭者甚だ多からずして交通徃來の便利は乏しからざるものを撰ばざる可からず而して今や加奈陀の地方は正しく以上諸般の注文に叶ふものなれば日本人民將來の移住地は必らず此方向に定まることならん〓ち〓嶋汽船の日本人民前途の進退に關係するや大なりと云う可し世の有志者の當さに注意す可き所のものなり

論じ去り論じ來れば予輩は日本の公衆〓に當局者に希望するに我日本に英領コロンビヤ〓に〓島との關係を着々密接にする方策を計畫せん事を以てするものなり而して其第一着の方策に一箇の名譽領事をヴ井クトリヤ府若しくはボルト ムーデ井ーに置くなどは最も大切なることならん元來名譽領事なる者は其地方に永住する人士にして名譽財産に富む者を撰定しこれに領事の責任を嘱託する者なり故に其報酬は特に些少なれども撰に當りたる者は自己の面目名譽の爲に喜んで之に應ずる例なれば我政府に於ても之が爲めに特に費用を恐るゝにも足らず唯その人物を撰ふに〓嶋未開の地方に在て事を處する者なるが故に他の英佛諸國に在勤する領事とは自から風を異にし外交上の機智を以て得意と爲すよりも寧ろ生産上の事業に通曉する人士にして時々其所在地方の農商況を綿密に報告して彼此の關係を密着ならしめん事を是れ力むるが如き者を所望するのみ

之を要するに我日本と英領コロンビヤ〓に〓嶋との關係を密接ならしむ可きは實に物理界人事界の大原則に〓ふものなるが故に予輩は以上の論旨を記述して是れを日本公衆の〓論に訴へ之を我生産〓會の企業心に訴へ之を理財學家の裁判に訴へ以て公明正大〓心平氣なる批評を乞はんとするものなり讀者〓ふ漫に多〓多恨なる小詩人が妄想となす無くんば幸甚のみ(完)