「中學の獨立(前號の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「中學の獨立(前號の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

吾輩は前號の紙上に於て中學校に入學するも醫學校に入學するも其目的は等しく自身營生の料に供するものなれば政府は宜しく之を放任して地方税と分離せしめざる可からざる次第を論述し其大意は〓に明ならんと信ずれども論者或は之を〓ばず若しも中學校をして地方税の保護を離れしめなば私立學校の組織となる可し私學校に入學する費用は公立學校に同じからざるが故に各地方にて學に就かんとする者も學費の重きに堪へずして多くは小學校の〓育に止まり猶其以上をば斷念するに至る可しと云うものもあらんかなど共抑も我國の人民は男女共に夙に〓育の必要を知る者にして殊に文明の風潮、〓會に流行してより以來人々益々其重きを知り老爺頑なりと雖も子孫の質問に當惑して却て之を喜び學問の德仰いで高しと云ふに至りたるのみか本來子を愛するは親の至〓にして其子が世間に稱揚せらるれば忽ち得意の顔色して吾を忘るゝ程のことなれば〓育費の〓加を懸念せざるには非ざれども子を〓へんとする熱度と金を惜む慾度とは普通の人〓に於て如何あるべきやと云ふに子に優る寶はなくして金を惜むに遑あらざるものゝ如し〓に〓育の重んずべきを知り文子を愛する心ありとすれば好し從來は公立學に居て一年四五十圓の學資を以て充分なりしものが私學に入るが爲めに倍して百餘圓に上ることあるも之が爲め忽ち廢學せしむるなどの掛念は萬々無用の沙汰なり或は吝〓なる〓大が〓に豊なる家〓にてありながら〓育費の〓加を口實に愛子の廢學を無頓着に附するが如き者あらば是は固より例外にして其子の不運是非もなきごとゝ〓む可きのみ左れば〓育は人事の私の部分に属し子に對する父母の義務責任にして又その自然の〓に訴へても自然の方向に進む可きものなれば傍より深く心配するに足らずと雖も學問〓育は甚だ大切なることにして〓會の運命を進退するものなれば其性質の如何に拘わらず唯人々の隨意に一任して父母の愛〓にのみ依頼し公共の資金を投じても大に之を奬勵せざる可からずとの議論もあらんか然れども人間世界に大切なるものは其數多くして特り學問〓育のみに限らざれば是も大切なり彼も大切なりとて一々これを計へ立るときは大切なるものは殆んど限りある可からず公共限りある資金を以て限りなき大切なるものに供せんこそ、固より數の許さざる所なれば單に學問〓育と大切なりとして以て地方税の支辨を仰がんとする説は天下經〓の上に通用す可からざるものなり或は唯大切とのみ云ふにあらずして今の日本に〓育を奬勵せざれば文事の衰〓を致さんなどの掛念よりして公共に依頼し以て之を維持せんとする意味か斯の如きは全く我日本國人は古來男女の〓育を重んずる尚その上に近時文明の風に吹かれて其熱心は之を留めんとして留む可からず假に政府が〓育急にす可からずなどゝ消極の令を布くも天下の靑年子弟は積極の運動を怠らずして一方に進歩す可きや事實に照らして我輩の保證する所なり或は又論點を轉じて貧生談に及び子弟を〓るに家に資産ある者は可なりと雖も俊英の靑年にして唯錢なきが爲めに其天資を空ふするは人〓に於て〓ぶ可からず公共の保護尚ほ要用なりと主張する者もあらんか我輩も亦これを思はざるに非ず今の世界には貧困に迫りて子弟の〓育にも堪へざる者圍より多く吾人が共に常に氣の毒に思ふ所なれども此〓會の組織を根底より變更して貧富を平等にせんとするが如きは今の人力の及ぶ所にあらず稜羅錦〓身を纏ひ花〓月夕遊興を恣にする者もあり綿衣〓〓終年約々として暇なき者もあり甚だしきは襤〓猶ほ肌を蔽ふに足らずして一椀の粥空しく〓〓に苦〓するもありて貧富の不平均なる屑々段々限りなく衣服〓食の有樣より學問〓育の事に至るまでも毎人に一樣ならざるは即ち今の〓會の組織にして之を如何ともす可からず然るを貧家の子弟が學問の域外に排斥せらるゝを憐み公共の資金を投じて之に高等の〓育を授けんとするが如きは恰も襤〓綿衣の人を率ゐて稜羅綿〓に更へんとするに異ならず我輩は唯その注文の甚だ無理なるを訴ふるのみ衣服〓食も錢を以て買ふ可き物なり學問〓育も亦錢を費して得らる可き物なり故に錢に富む人は多額を投じて上等を取り、錢少なき者は下等に安んじ、皆無の者は何品をも得べからず、簡單至極の道理にして世の中に無代償の〓育は到底望む可からざることなれば獨り之を富豪の子弟に任して一方の貧困〓會に向ては漸次殖〓の計畫を運らし後に〓育の談に及ぶ可きのみ或は俊秀奇〓の少年を〓助して其本人の爲め又天下公共の爲めに意外の利益を得たる事例なきにあらざれども是れは唯一個人の相對に於て陰德として行ふ可きのみ天下の公と一身の私と自から區別のあるあれば陰德論は以て公共費の得失を斷ずる標準とするに足らず故に我輩が中學校を獨立せしむること彼の醫學校の如くならしめんとするは一個人の私を離れて公共の爲め永久行はる可き策に依頼するものなり(畢)