「機會空ふす可らず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「機會空ふす可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

前號にも記したる如く明年明後年の両期間歐洲諸國に於て博覽會の催しある者都合五つ孰

れも日本より會同の利uある可き者にして就中西班牙の萬國博覽會には出品貨物悉く整頓

して彌よ彌よ船積の運びにまで至りたる由なれば我輩は早く開會の期日に至り日本出品の

大に聲價を博したる吉報を聞かんと欲して今より之を待つ者なり然るに爰に遺憾なるは白

耳義の萬國博覽會にして爾かも其開會の期は西班牙の博覽會と同時なれども同國より日本

への通知遲延したるが爲め我政府は出品期日の間に合はざらんことを察して其求を拒絶し

たるの一事なり盖し今回の白耳義博覽會は期日如何にも切迫して日本よりは到底出品の猶

豫なかりし者ならんなれば之を辭したるは已み難きの情實なりと云ふの外なかる可けれど

も假りに爰に素人流の想像を描き日本に於て出品貨物を取纏め荷造船積を終るまでには四

五十日を要する者として更に歐洲まで運送航海にも同日數を費すの計算にすれば彼是一百

日間の猶豫を以て同會出品の機會にも後れざるを得たるの順序なりしが如し例へば本年十

二月の一日に出品會同の沙汰を日本國内に告示したる者として其貨物の取纏めに二箇月の

餘裕を與へ更に航海の日子をも二箇月なりと見積る時は來年の三月下旬に其物品恰も博覽

會塲に達するの勘定にて斯て物品の陳列に尚ほ二周間内外を要する者とするも四月中旬の

開塲式には日本の出品滯りなく其塲に列するを得るの都合には成らざりしかと世人或は其

感なきにもあらざる可し但し以上の考へは局外無關係の人々が我日本に出品期日の猶豫な

かりしを惜むの情より私に一家の案を書きたる者に過ぎず實際の手續きに於ては决して此

の如く迅速なる可らざるや初めより我輩の許して疑はざりし所なれども唯日本人が此博覽

會を利用して我美術工藝を世界の人に知らしめるの方便と爲すこと能はざりしを殘念に思

ふのみ且つ前條白耳義の博覽會に日本の品を出すの猶豫なかりし者とすれば彼の丁抹の博

覽會も之に均しく遂に之を利用する能はざるの首尾とも爲る可し或は丁抹博覽會には別に

改めて該國よりの紹介なかりしやも知る可らざれども既に博覽會を開て各國の出品を許す

以上には其紹介の有無は兎も角も我より求めて同盟するは締盟國の通義に於て獨り不都合

なきのみならず出品國の利uに兼て又其會の賑ひを助くるは此上なき雙方の便宜なる可し

或は博覽會の開設には夫れ夫れ儀式法例もある者なれば例へば出品國が開會の前幾十日ま

でに其出品目録を送附せざる可らざるの手數もあらん若くは開塲の當日迄に物品の陳列を

終らざる塲合に於ては總て出品の權利を取上ぐ可しなど隨分究屈なる法則もあることなら

んと雖も目録の送附には必ずしも其實物を添へるを要するに非ずして若し又時日切迫猶豫

なきの其際ならば電信往復の便利もあらん我輩は深く實際に立入りて細かに議論すること

能はざれ共兎に角に來廿一年歐洲三大博覽會の中に於て西班牙の博覽會を除くの外は時日

切迫より兩つながら其會同の機を失ひたるは面白からぬ次第にして一方には右國々の政府

が日本に博覽會開設の期限を通知するの遲延なりしを怨むと同時に他の一方には今度の事

は是非なけれども今後再たび斯る塲合に際會したらば如何にして其出品を咄嗟間に辨ず可

きやと胸中聊か感慨なき能はざるなり

日本人の考は博覽會共進會を以て物品の珍奇異數を鬪はすの塲所とするの弊を免れざるよ

り隨て出品貨物も一年若くは二年以前に於て其の準備を爲すに非ざれば滿足の功を奏し難

しと信ずるの輩なきに非ず精巧を極むるの點に於ては此流の人の製品必ず人目を驚かすに

足ることならんと雖も通常我輩の望む所は精巧美妙の一事よりも其物の實用に適して廣く

内外販路の見込み如何んに在る者なれば海外萬國博覽會の出品にも人々專ら此邊に注意し

て外國市塲に其需要の盛んなるを主眼と爲さざる可らず方今人事繁多の世界に西洋商賣の

趣は迅速活溌にして寸時も人の油斷を許さざるの勢なれば平生の物品注文取引の用も立ど

ころに辨ぜざる可らざるは論を竢たず博覽會開設の如き事業に至りても豫め五年三年に一

度宛など云ふ豫約期限を結ぶに非ず或は又數年前より遠く其事を計畫するにも限らずして

俄の思附きより之を催すその事實は近年西洋諸國到る處に其會の開設あるを見て知る可し

西洋に於て萬國博覽會の嚆矢とも稱す可きは去る千八百五十一年中英國倫敦に開きたる者

にして以後列國交る交る之を催ほすに至りたれども當時孰れも之を世界の一大珍事として

重く取扱ふたるものゝ如し例へば千八百六十二年英國の大博覽會は其前回に較べて盛大な

りし者の由なれども今の如く手輕に之を開閉するは當時の人の未だ知らざりし處なりしに

然るに近來に至りては何人も之を珍奇と爲さずして寧ろ必要實uの一點より頻に開會を促

すの時勢と爲りたることなれば我日本も毎會必ず會同して物産販売の路を海外に弘むるの

手段を取らざる可らず之に關しては我輩鄙見の次第もあれば乞ふ次號に於て其説を述べん

(未完)