「改正新聞紙條例」
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時事新報に掲載された「改正新聞紙條例」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
改正新聞紙條例
新聞出版の諸條例に改正ある可しとは豫てよりの風説なりしに我政府は今度彌よ彌よ新聞紙、出版、寫眞版權の三條例を改正し更に版權并に脚本樂譜の二條例を新定し孰れも去る二十八日を以て之を公布したり其全文は我紙上にも載せたれば讀者は必ず之を閲して諸條例の大意如何んを詳にせられたることならんなれども尚ほ諸君參考の爲にもがなと聊か鄙見を開陳すべし
他の諸條例の事は姑らく擱き先づ改正新聞紙條例の全體に渉りて我輩の所見を陳すれば新條例は舊條例に較べて或る點には緻密に或る點には簡便に新舊の色合濃淡一樣ならざれども總體より評すれば改正の件件我輩に於て別に不同意なしと申さんのみ舊條例は去る明治十六年の四月中改正發布になりたる者にて都合四十二箇條なれども新條例は三十二箇條にして即ち其十箇條を減じたるは新條例の條■(「疑」の左側+「欠」)中毎條其包括を廣うしたるに因るの次第もある可けれども他の一方より觀れば較較新聞紙■(てへん+「檢」の右側)束法の緩るみたる姿なきにも非ず例へば舊條例に存して新條例に見えざる者の二三を擧ぐれば
舊第十五條 各地方(東京府を除く)に於て發行する新聞史前條に觸るる者と認むるときは府知事縣令は其發行を停止し内務卿に具状して其指揮を請ふ可し
舊第十七條 一人又は一社にして數個の新聞紙を發行する者一個の新聞紙を停止せられたるときは其停止中他の新聞紙を發行することを得す
舊第二十六條 新聞紙に記載したる事項は其原稿を刷行の日より三週間保存し官署の訊問に備ふ可し違ふ者は編輯人十圓以上百圓以下の罰金に處す
舊第三十四條中の一節 外務卿は外交上の事件に付特に命令を下して記載を禁することを得其禁を犯す者は罰前項に同し
舊第三十五條 新聞紙を以て人を教唆し重罪輕罪を犯さしめたる者は刑法の例に依る其教唆に止まる者は本刑に二等又は三等を減す
舊第三十六條 刑法第二編第一章の刑に觸るる者はを印刷器を沒收す
舊第三十八條中一節 成法を誹毀して國民法に遵ふの義を亂る者は一月以上一年以下の輕禁錮に處し二十圓以上百圓以下の罰金を附加す
舊條例に於ては地方官の意見に任せて管下發行の新聞紙を停止するの職權あるが故に時としては行違を生じ中央政府にても之を憂へ當時既に内訓の沙汰もありたるやに聞及びしが新條例に於て斷然其權柄を地方官の手より離したるは政府が微を愼むの策に於て我輩の賛成する所なり又往日に在りては發行停止の事の屡屡なるを恐れ一社若くは一人にして數種の新聞紙を兼有し甲の新聞停止を命ぜらるる時は直に乙の新聞を配布して讀者を悦ばしめんとしたる計策の行はれたるより政府は之を禁ぜんが爲め舊條例の十七條に於て其制限を設けたり當時には事情の已み難き者なりしならんと雖も今日既に政府に於ては新聞紙發行停止の事を重しとするの精神を表示したれば縱令へ今後は新條例に其明文を掲げずとも各社發行の停止中は自家の徳義に訴へ彼の替玉の狡猾手段に依頼せざるの覺悟もなかる可らず左る代り政府に於ても發行停止の事を輕擧に附せず其間道徳を以て互に相待つの風を行はれしめんこと希望に堪へす又舊條例に於ては外交の事は軍機の事と與に主任者より特令を下して記載を禁ずるを得るの法律なりしに新條例は之を改め陸海軍兩大臣のみ各其機密事項の記載禁止を命ずることに爲したるは適當の改正なる可し又舊條例三十六條に刑法第二編第一章の刑辟云云と掲げ出して事、帝室に關する大逆不敬の犯罪を故さらに新聞紙條例中に插みたるは如何に新聞記者の道徳を不倫なりとするも實際に於て要用なき次第ならんと兼て我輩の訝かる所なりしに新條例に全く之を削除したるは誠に至當なりと云はざる可らず其他新聞紙を以て人を教唆し重輕罪を犯さしむる者と云ひ成法を誹毀して國民法に遵ふの義を亂る者と云ふが如き寧ろ漠然たる申條にて意義須らく判然たる可き文明の法としては人人解釋に苦む所なかる可きやと既に論者中にも其議ありしが新條例は同く右の諸條を消除したり
右の外尚ほ舊條例に存して新條例に省きたる條條あれども其事小なれば論ぜずして以上大要は我輩が今回の改正條例に同意を表する箇條なれども次に舊條例に無くして新條例に設けたるの諸制限を擧ぐれば
新條例第十三條 新聞紙に記載したる事項の錯誤に付其事項に關する當人又は關係ある者より正誤又は正誤書辨駁書の掲載を求めたるときは其求を受けたる後其次回又は第三回の發行に於て正誤をなし又は正誤書辨駁書の全文を掲載す可し若し正誤書辨駁書の字數原文字數の二倍を超過するときは其超過の字數に付其新聞社の定めたる普通廣告料と同一の代價を要求することを得
正誤辨駁が原文と同號の活字を用ひ同一欄内の首部に掲載すへし
同第十七條 刑事の被告人又は刑律に觸れたる犯罪人を救護し又は賞恤する爲にする文書を掲載することを得す
同第二十一條 外國に於て發行したる新聞紙にして治安を妨害し又は風俗を壞亂するものと認むるときは内務大臣は其新聞紙の内國に於ける發賣頒布を禁し其新聞紙を差押ふることを得
同第二十四條 新聞紙に記載したる事項に付訴訟を起したるとき原告に於てそ其新聞紙に署名したる編輯人は實際、主として編輯事務を擔當する者にあらずして他に主任編輯人あることを證明したる塲合に於ては裁判官は其署名したる編輯人及實際の主任編輯人をして共に其責に當らしむべし
右の四箇條中十七二十一の兩條に對しては我輩別に意見なけれども十三二十四の兩條は實際我輩に如何なる關係を齎らすべきや聊か思ふ所もあれば次に記して大方の教を乞はんと欲するなり (未完)