「米國の政治社會」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「米國の政治社會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

米國の政治社會

政治家に尚ぶ所は其言に非ずして其行に在る者なり如何に主義綱領を明にして斯く斯くの英斷を行はんと約束するも事の實際に少しも功の擧がるなくんば何人も其政に服する者ある可らず若しも之に相反して能く其約に違ふことなく一向專念己れの主義を持するに於ては反對黨派の人と雖も其施政に間然する能はざるは無論にして即ち之を政治家の美徳と云ふなり立憲の國にありては總理大臣、共和の國にありては大統領若くは統領の下に立つ所の責任宰相孰れも右の徳義の責に任するの政治家なれば斯る要衝に居るの人は其任の極めて重き素より論を竢たざるなり

時事新報の讀者諸君は定めて知る可し米國現任大統領グローヴア クレヴランド氏が昨年十二月國會の開期に際し上下兩院の前に朗讀したる教書の大意如何なりしやを、教書の旨趣は本月十一日より引續き十六日の紙上にまで譯載したる如くにして主義の判然明確なる我輩に於て一點批難の廉を看出し得ざるのみならず所説甚だ高尚にして國家百年の長計を畫するの一段は博識の學士と雖も殆んど及ぶ可らざるの趣なきに非ず讀み來り讀み去て只管感に堪へざれども偖飜て惟みるに滔々たる長編雄作徒らに筆紙の上に學者の空像を描くのみにて實行の之に伴はざる次第もあらば我輩はクレヴランド氏の教書を評して空空たる死灰の文字と爲す者なれども既往數年間の治績に就て徐ろに氏の施政の方向を推測したるに飽くまでも己れの主義を失はず以て大に政議を貫かんとするの勇氣决心沛然蔽ふ可らざるの事實を發見したり是より先に米國に於ては二十年來合衆黨の執權にして數代の大統領亦皆其派に出でたりしに千八百八十四年の撰擧に會し氏は共和黨より出でて一厥多數を制し翌八十五年三月始て大統領の職に即く時氏は左の數條の政略を公布し以て與論の向背を民衆に問ひたり

 一 諸官省の行政事務は多年積弊の後を承け空氣の腐敗少からず畢竟するに諸省管理の法其宜きを得ざるに因る者なれば速に之を改正するには彼の最も効力ある民間會社管理の主義を政府部内に適用するを第一とす可し盖し今日に於て官省事務の腐敗を一洗するの擧は公衆全體の希望にして差當り其望みを〓せんには誠心正意以て官吏任免の法を改正せざる可らず今日迄の任免法は殆んど黨派の私心に出でたる者にて大は一局部の長官より小は刀犂の吏に至るまでも巳れと主義を同うするか或は又己れの〓〓に〓〓なりと云ふを以て猥りに授てこれに官職を〓るは取りも直さず私心を以て公衆の權利を〓す者なり官吏を〓〓するには黨派の異同を問ふ可らず又一身私事の奧味を帶ぶるなきを要するは勿論にして歸する所は唯其人の能不能如何んに在るのみ予は公衆の權利を重んずる者なるが故に今後大に官吏任用の法を改正して積年の弊を矯めんと欲するなり

 一 財政の事は最も我輩の注意を要する所にして今後政策を如何にせば財務の整頓を圖るを得可きや聊か其邊の考案なきに非ざれども爰に大体の主義を明さんならば主として政府實際の費用を算り大に冗費を節減するは施政者の責任なり且つ政府に於て質素節儉を旨とするも行政の機關に澁滯なく施治悉く圓滑なるを得ば合衆國人民の希望亦これに過ぐる者なかる可し共和政治の運行にして圓滿缺くる所なしとすれば政府の質素節儉を旨とするは獨り其耻に非ざるのみならず更に榮譽として國民に誇る可きの次第ならん且つ公衆の利益を保護し國民に富貴繁榮を得せしめんとならば堅忍不拔の主義に則り一方に農商事業の安寧を謀り又深く勞力資本の利害を慮ると與に共に他の一方には税法を改正して國民に苛酷の負擔を免れしむるを第一なりとせざる可らず抑も政府の歳入其支出に超過するの場塲には人民負擔の税額を減ず可きこと理の當然にして既に此一點に於ても税法の改正は巳むを得ざる次第なれども更に一歩を進めて論ずれば我政府は自由人民共同の利益の爲め又保護の爲めに成立するの機關なれば政府維持の目的を以て人民より徴收す可き其金額も實際の費用に充つるに止めて他は輕減を行ひ同時に政府自身の質素節儉を旨とす可きは我政策の本領なり然るに今日の勢ひたるや年年の歳入其支出に超過するより無用の財貨積んで國庫に充滿するは獨り管理保存の法に於て苦む所あるのみならず一方には民間融通の金を國庫に吸收して之に不便を與ふるの恐れあると同時に他の一方には政府自身も國庫金の多きを恃み知らず識らず奢侈浪費に陷るの弊なしとも云ふ可らず國庫金處分の法に就ても我輩は日夜考慮を凝らす者なり

右の外中央政府地方政府權力の區別或は法律行政の權限範圍若くは外交戰略に飽くまで平和着實を旨とする等の諸條ありたれども此等は言はず唯前二箇條の豫言に對して爾來クレヴランド氏が如何なる方向を執りたるやと窃に其趣を推察するに引續き教書を出すこと今回にて都合三度即ち氏が政府の權を握りてより星霜既に滿三年を經過したる其間に氏の治績は最初の約に背かざりしか我輩次に知る所の事實を記して聊か所論あらんと欲す             (未完)