「米國の政治社會」

last updated: 2019-11-26

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時事新報に掲載された「米國の政治社會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

クレヴランド氏が就任の當日公衆の面前に約束したる官吏任免一條は果して約に違はず爾

來公正巖格を旨としたるは明白の事實なり從前の文官試驗委員なる者を一新して更に選叙

の法を明にし人を採るに唯能不能を以てして其間に黨派若くは私縁の心を交へざりしより

氏は縁故者中窃にこれを怨望して何にか流言を放ちたる抔一時は其評判高く、同派中の失

意者と反對の合衆黨と陰然相結んで種々の惡評も世に行はれたりしなれども今日に至りて

は何人も又氏に違約の讒謗を構ふる者なし或は反對黨の人々が氏は曩に官吏の任免を嚴正

にす可しと爾かも大袈裟に吹聽しながら今日依然私門を開て窃に人を納るゝの偏頗を爲さ

ざるやと暗に之を詰責して氏を傷けんとする者もある如くなれども黨派爭ひの烈しき國に

在りては斯る流言讒謗は毎度の事なり唯局外中立の見を以て評すれば從前合衆黨が久しく

政權を握り居たる當時に較べ官吏の任免上に行はれたる腐敗の空氣を洗除したるは事實に

於て爭ふ可らず近く其一例を證するに氏が就任の其年七月より翌千八百八十六年の六月に

至るまで一週年度の間に新に恩給を授けて退職せしめたるの文武官吏其數四萬八百五十七

人なりし此の如く恩給を受くると與に同時に官職を解かれたるの人員は實に千八百六十一

年有名なる大統領リンコルン氏就任の當日以降今回を以て最も多數と爲すと云へり即ちク

レヴランド氏が非常の英斷を以て文武其職に堪へざるの官吏を淘汰したる第一の證據にし

て隨て新任の官吏を採るに嚴正の旨を失はざるも推して知る可し

次に財政の改革に於て氏は最初に質素節儉を旨とし政府の冗費を省て國民に租税の負擔を

輕めんと約したる其約束に背かず千八百八十六年六月を以て終る會計年度の尋常歳出は之

を前年度に較べて一千七百七十餘萬弗を減少したれども尚ほ之に止まらず年を逐ふて政府

部内の費目を節約するは氏の胸算に存する所なるに一方國庫の収入を如何にと云ふに歳々

唯揄チして政府は其過剰金の處分に苦むのみなり即ち過日の敎書にも見えたる如く本年六

月三十日の决算に至らば國庫歳入の過剰金は積んで一億四千萬弗に達するの計算なるが故

に唯單に歳出を節約するのみにては倍々國庫に金を充滿せしむるの不便ありとして今は歳

入額輕減の工風に忙しく遂に關税の一部若くは全体を輕減し政府に年々の〓過剰なからし

めんとの方案を國會に披歴したるは世界諸國何れの處にも見當らざるの結末ならずや前に

〓〓〓たる如くクレヴランド氏の國會に敎書を送りたる〓〓〓〓〓三度目にて〓に第一回

の書に於ても具さに財政改革の必要を勸告し尋で第二回の書に又其理由を反覆陳辨したれ

ども爾かも堂々大議論より説起して關税輕減の利を剴切に述べたるは今回の敎書を以て第

一と云はざる可らず回毎に徐々足を早めて百尺竿頭更に一歩をすすましめたるは氏の取る

所の主義綱領確然動かざるの證據にして就任の當日公衆の誓ひたる其言葉と爾來三年政治

社會に執る所の其行爲と少しも撞着を顯はさゞるは氏の美コにして政治家の本色は實に斯

くあり度き者なり特に關税を減ずるの一事は取りも直さず全國の製造家を悉く氏に政敵に

變ぜしむるの擧動にして多數の與論勢力を有するの國に於ては政治家の爲めに甚だ執らざ

るの手段なるに氏の大膽これをも憚らず初よりして關税減少の説を持し少しも動く所あら

ざりしは尋常の政治家が世論に阿諛して己れの節操を變ずる者の比に非ず今回の敎書を見

るに曰く關税を減ぜられて不利uの地位に立つ者は獨り製造業に從事するの仲間なれども

之を他の各種職業の人口に比較するに其數極めて僅少なれば今日の如く高價の關税を賦課

して外品の競爭を防がんとするの政策は恰も少數の利uを保護するが爲めに強て全國多數

の人に高價の物品を購はしむるの姿なきに非ず今の法に於て製造家の利潤は大なることな

らんと雖も何ぞ料らん一方に消費者として市塲に物品を求むれば其價の中に既に曩きの利

潤を奪ひ去られて嚢中餘す所なからんとは關税の減少斷じて行ふ可しと理の一點に於ては

尤の次第なれども實際米國製造家の政治社會に有するその權力は殆んど宏大無邊にして縱

令へ人口面の數に於ては僅少の種族とするも政治の局面に當りては勢ひの盛んなる之より

恐る可き者なきに氏の英斷は飽くまで關税減少の説を持して敢て世論に屈せざるものゝ如

し事の成否は論ぜざるも政治家として氏の度胸の大なるは感服に堪へざるなり

要するに氏の就任以來既往三年の其間に實地施行したる政策と又其當初に公言したる約束

と互に追隨して相戻らざるは明白なるのみならず施政の方針も今日に在りては全國の人心

に副ひ誰とて氏の失政を咎むる者もあらざれば向後數年依然として國民の信用を享けなが

ら政府に立つは容易なる可きに米國憲法の掟として本年の十一月には氏も一たび其任を解

き撰擧の爭を爲さざる可らず氏の今日の人望に加ふるに其功名心を以てして再度の撰擧に

故なく高踏することはなからんなれども反對黨も亦前回失敗に懲りたるの後なれば大に氏

に競爭して現政府を合衆黨の手に取戻すの覺悟なるは勿論なり隨て其勝敗如何んは預め知

る能はすずと雖も政治上の交代當に迅速輕快にして少しも間斷あらざるは米國の爲めに賀

せざるを得ず氏の今回の施政は僅々三年なるに其事業の着々擧がりたる者亦尠からず是れ

一つには氏が有爲果敢のコに因る者ならんなれども抑も抑も米國政治社會の空氣平生新鮮

にして决して政治家の腐敗を許さざる者與りて力ありと云はざる可らず縱令へ氏と雖も永

く政權を掌握し傍より取つて之に代はらんとするの競爭者あらざりせば遂に因循姑息に流

れて卑屈の政治家に終はらんやも知れ難し政權の授受を圓滑にして敢て之を政治家の私に

せしめざるの風を養ふは國の爲めに甚だ大切なることゝ知る可し(完)