「大坂の商業を進むるは舊物破壞の手段に在り」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「大坂の商業を進むるは舊物破壞の手段に在り」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

(一昨日の續き)

大坂現今の有樣は最も舊式の商業を營むに便利なるより文明日新の今日に其商人は尚ほ依

然として數十年前の手段を株守する者ならんと雖も若しも古商人の據て以て戰守す可き今

の城壁あらずとすれば彼等は勢、新商業の門に降らざるを得ざるの理なり即ち前節に記し

たる大坂川口の商賣の一は木津川口の守舊派と一は安治川口の進取派と各々相分れて爾か

も守舊派商人の出入往來する川筋の隆盛を以て他の一方の進取派を壓倒する其間は大坂の

商賣に頑固因循の面目を改めざること相違なかる可しと雖も其商人等の爲めに倔強なる城

壁は唯木津川口の和船なるが故に破壞手段に依賴して其根據を衝くは商業の改進を圖る第

一着の方便なる可ければ我輩は此擧に就き坂地有志者の斷行を賛成する者なり

大坂の商業を改良の途に就かしむ可き方法手段に至りては種々の考案なきに非ず商業敎育

を盛にして其人物の薫陶を首とするの要用は言ふに及ばず其他無形の點より樣々なる刺衝

を與へて以て商人の睡魔を破るの策も大切ならざるに非ざれども總じて敎育の効驗は來る

こと甚だ遲緩なれば朝に之を施して夕に成果を望む可らず子々孫々の代に至らば兎も角も

なれども目下に起きつゝある其商業の退歩を支へんには間に合ひ難き話しなれば此事は姑

らく論せず更に一方より考ふるに人事改良の一手段は先きに外形の事物を變革して後ちこ

れを無形に及ぼすの策最も効力の多き者にて例へば鐵道の便、電信の利、外形に顯はれた

る文明の器は如何なる無知不學の人たりとも一たび觸れて其働の大なるに驚かざるはなき

が如く今の大坂商人にも物の實際に渉りて和船積みの貨物取引は汽船帆船の運搬安全にし

て利益多きに若かず將た又大福帳の計算よりも西洋の記簿式精確にして遙に便なる等の理

を知らしめたらば彼此の優劣眼前に分明にして必ず商業改良の要を悟るに相違なからんな

れども今日斯る外形の事物より其商風を變更せんとするの規模未だ成立たざるは我輩の窃

に惜む所なり然らば其方法を如何にす可きやと云ふに爰に鄙見を陳すれば大坂の川口を汽

船帆船の出入し得る一方にのみ定めて他の和船商賣の依て以て命脈を維持する川筋を塞ぐ

を第一の手段なりとす盖し今の大坂に〓〓〓〓〓きが故に木津川口の和船商賣も繁昌して

〓〓〓れに伴ふ所の取引方法は一切舊態を失はざるの〓〓もあらんなれども一方には又此

川口あつて〓〓の〓〓を〓むに種々の便利を與ふるより商人も亦其昔を〓〓〓〓〓〓して

敗進の路に就かざる者大にこれが妨害を爲すに相違なければ此一方を塞ぎ以て他の一方の

繁昌を助くるは大切なる可し川口の改修工事是に至りて倍々其必要を感ずる者なり

右の如く川口改修の工事は商業を進むるの一手段として今の最大の急務なりと雖も右の外

これに伴ふ所の疑問は即ち築港論なる者にて一日も早く今の港口を改築し西洋形の船舶と

して自由に碇泊出入を得せしめんとの説は府民全體の同意なれば何人も之を非とする者あ

らざれども一方に其要用を説くの論者は安全便利此上なき良港に爲さんと欲して恰も大坂

の築港成るに於ては今の神戸の外國貿易も一手に之を引受けて川口居留地を非常なる繁華

の互市塲に變すること容易なるかの如くに解し務て其規模を宏大にせんとするが故に隨て

幾百千萬金を要するの事業と爲り座上の空談獨り盛んにして實地の起工却て覺束なきの有

樣あるにも似たり論者が想像に描きたる築港案をして假に三五年中に成功し得るものとす

れば神戸港の貿易も概ね大坂に遷り來て其繁昌實に譬ふるに物なからんなれども此事たる

昨今暫時言ふ可くして行ふ可らざるの考案なれば大袈裟なる築港論は之を他年に讓り差當

り先づ守舊進取と互に商賣の分れたる今の川口を一方に改修し西洋形汽船帆船の出入自在

を得せしめ優勝劣敗の作用を假りて彼の古商人の城壁とする和船商賣を破壞し盡すの手段

を爲すこと寧ろ捷徑ならずや或は一時の方案にて川口を改修するは空しく費用を抛つのみ

にて隨て治むれば隨て埋もれ到底際限ながる可ければ改修の工事も築港の大計畫を待て之

を行はざるは徒勞なりとする人あるか是れも一説なりと雖も抑も抑も又事物改進の變極り

なき今の時勢に百年後の大計を畫するは實に容易ならず我輩の見る所を以てすれば築港の

規模は寧ろ小なるも早く事業を經營して商賣の便路を開くの優れるに若く可らず若し通常

の工事にて川口忽ち埋もるの恐れありとすれば時に隨て又忽ち之を浚ふも可ならん唯漫に

百年後の大計を思ふが爲めに空しく閑日月を費すは實に惜む可きの至りならずや

今日和船商賣が殆んど大坂の商勢を左右する所以は其川口の不完全にして西洋形船舶の出

入を許さゞるが故のみ海上に危險ある事、貨物破損の憂ある事、永く時日を費す事、運搬

授受不規則にして取引に一定の約束を結ぶ能はざる事、此四箇條は和船の西洋船に及ばざ

る勿論なれども今日尚ほ幾百年來の餘勢を張りて他に拮抗するは唯その運賃の低くして目

前の利に荷主を誘ふより外ならず故に川口の改修その功を奏し汽船帆船自在にこれに出入

するに至らば實利の在る所には和船も競ふこと能はずして遂に敗績し、引續き今日まで其

庇蔭に立て舊式の商業を營み來りたる多數の商人も漸を以て文明改進の商風を模するに至

るは自然の勢なる可し即ち大坂の商業を變更せしむるの一手段にして之を行ふて効驗ある

可きを信するなり (完)