「未决囚の處分」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「未决囚の處分」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

未决囚の處分

未决囚とは犯罪の告訴を受けて未だ裁判の運びに及び兼ぬる間犯人の逃亡若くは證據湮滅

等を慮り暫く獄舎に繋獄するものを云ふ葢し犯罪の證跡既に明にして裁判の宣告を終りた

る後に非ざれば被告人と雖も亦是れ一〓の良民なれば今の我國の未决囚の事に付ては自ら

人權云々の理論もあらん又氣の毒なる條實もあらんと雖も權利の理論、氣の毒の情實は爰

に我輩の深く問ふ所の者に非ず唯我國經濟の一點より觀察を下だして聊か鄙見を陳べんと

欲するのみ最近の調査によるに未决囚徒の總數は北海道、小笠原嶋、沖縄を除て七千三百

十三人となり之が爲め年々費やす所の金額は固より委細を知るに難しと雖も薪炭、食物、

寢具等を始め獄吏の給料監獄の建築修繕其他の雜費を細に計算したらば一年凡そ何十圓に

下らざる可し抑も世に罪人の種の盡きざるは今の時勢に免れ難き所なれば之が爲め幾千の

金額を費やしたればとて唯是非もなきことと諦むるの外ある可らずと雖も未决囚に於ては

則ち然らず裁判の速かに行屆き兼ぬるより假に繋獄する者なれば若しも審問裁判の活溌な

るを得ば幾日月の間永く監獄に衣食せしめて空く國財を費すの憂を免がる可し既决の罪人

を獄に繋て衣食を與ふるは止むを得ざるの國費なれ共此未决囚は唯その裁判の决せざるが

爲めに餘計の日月を空ふして餘計の國財を消費するものなれば我輩は國の經濟の爲めに一

錢金にても之を愛しまざるを得ず然かのみならず財を散じて人を喜ばしむれば其散財は聊

無益にても尚ほ強ひて滿足す可しと雖も未决囚に給與する衣食は給與を蒙り乍ら本人に於

ては無限の迷惑を訴へざるはなし恰も錢を投じて他の不平を買ふの姿にして俗言これを評

すれば誠に割に合はぬ經濟と云ふ可し其筋の事實は固より我輩の知る所に非ずと雖も多き

未决囚徒の中には重罪犯人に非ざる者と雖も滞獄何箇月尚ほ長きは年に亘るものもありと

云ふ殊に未决監にある者は盗犯の類最も多しとのことなれば是等は疑獄と云ふ可き程のも

のに非ず〓盗の審問、左まで鄭重を要するにもあらざれば此輩を一日獄に繋げば一日丈け

國庫の錢の損亡なりと經濟の一點に眼を着けて裁判の手數を活溌にするは財政の易からざ

る今日に於て急務なる可し扨その裁判の法を如何す可きやと云ふに我輩別〓〓〓〓〓るに

非ざれども唯裁判〓が勉強して有罪に〓〓〓〓なく未决囚の〓を〓〓るを以て職務の目的

と〓〓〓きのみ人生の〓〓〓〓〓の〓閑に從ひ自から〓〓〓〓ものにして例へば誰彼の事

例に犯罪被告人の數〓〓〓〓は裁判の捗取方も自然に速なれども少數のときには動もすれ

ば然るを得ず畢竟當局の裁判官その人の故意には非ずして人間世界普通の情勢なれば當局

者は能く自から此邊に注意し假令へ被告の數は非常に減少したるときにても其勤勞に緩急

を爲さずして若しも事實に叶ふことならば未决監中復た人影を見ざるまでにも致さんとの

决心を以て非常に勤るときは必ず目的を達するに至る可し從前の如く午前九時に出頭して

午後三時に退出するの定例を改め七八時に出でゝ六七時に去るか尚ほ足らずんば祝日日曜

日暑中の休暇をも廢し時事新報が一年三百六十五日打通しに發刊するの筆法を用るも人生

に能はざる勞働に非ず他の諸官廳の官吏が閑散に乘して勤務を怠ることあるも國庫の眼よ

り見れば唯その吏人の俸給を空ふするのみなれども裁判官の勤不勤は之に由て別に監獄費

を増減するもなれば我輩は特に其勉強を促して止まざるものなり此法に從ふときは裁判官

に過分の勞働を歸することなれば過分の慰勞報酬ある可きも亦當然の事にして或は増給も

可ならん或は臨時の給與も可ならん又或は商法の主義に從ひ裁判の件數に準して給與を増

減するも可ならん何れの方法にするも我輩は其財を愛しむ者にあらず之を計算して彼の未

决囚の爲めに費す可き總額に比するときは償ふて餘りある可きや明なればなり是迄一所の

裁判所に一日十件を判决せしものが廿件に差支なきときは全國一百の始審裁判所にて一日

千件の餘分を决するの割合なり今の七十餘名未决囚の如き其中の至難疑獄を除くの外は〓

(條の木が火)忽の間に跡を拂ふて落着に至る可し此事一旦緒に就く上は爾後は左まで事

務の繁なる可きに非ず隨時に來る被告人を隨時に判决するのみにして甚だしく裁判官を勞

するにも及ばざることならん未决監は寂として判事は勞せず何十萬圓金は國庫の累を爲さ

ずして施政上の體面は囚徒を減じて甚だ美なり百利を得て一害を見ず是即ち我輩が權利情

實を云はず唯た國庫經濟の一偏より敢て裁判官を勞ぜんと欲する由縁なり