「生命保全會社創立」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「生命保全會社創立」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

生命保全會社創立

小林梅四郎稿

聞く所に據れば府下に生命保全會社なるものを創立せんとする有志あり其主意は若干圓宛

の出金者を集めて一會社を結び右持寄りの金員にて社中最合の醫者を〓(人偏に雇)ひ置

き定時に各自の家族を巡回診察せしめ病を未萌に訪き又これを〓〓に療治するものにて其

天壽の許す限りは社中老若男女の生命を保全するものなりと云ふ人〓〓〓〓多き中にも病

より不幸なるものなしと云へば〓〓〓れざる者ゐる可らずと雖も滔々たる江湖、唯これを

〓るゝのみにして之を防ぐの術を講せざるもの多し盖し病後其起るの日に起るに非らずし

て平生に存するものなれば治療を施さんとするには先づ患者の遺傳〓質その職業その生計

より平日の飲食起臥の習慣に至るまでも之を詳にして然る後に或は單に攝生法を命じ或は

〓〓を投ずることなれば前記の如き會社を起して平生の健康體を診察し病に臨んで之に應

ずるの工風を巡らすは醫術上に於ても亦經濟上に於ても兩ながら妙なりと云はざるを得ず

我輩の甚だ賛成する所なり

然りと雖も又一方より考れば此組織の會社に於ては醫師と患者との間に大切なる徳心人情

の働を逞ふするを得べきや否や少しく疑なきを得ず抑も支那には醫を仁の術と稱して醫師

の患者に於ける其目的は唯病を療するより外ならず又西醫の言に云く醫師の眼中貴賤貧富

なし醫家の上客は唯病の重き者なり又云く富家翁に治療を盡して謝儀の厚きあるも一掬の

黄金これを貧者雙〓の〓〓に比して其輕重如何云々の戒あり右は醫師たる者の本色にして

末世の今日或は望む可らざることとするも其患者に接するの間には多少の仁心人情なき〓

〓〓〓に〓が引受の病人のあれば他人の知らざる所〓〓〓を貰ひ一度び診療して藥を投じ

家に歸りたれども〓〓果して如何ならんと忽ち之を思へば思ふて措く〓〓〓〓家の訴を待

たずして夜中復た之を訪ふが如きは今日に於ても世間に其醫師少なからず此邊より觀察を

下だすときは今の醫師と雖も必ずしも錢の爲めのみに〓〓ず〓〓にあらず其徳心人情に制

せらるゝこと尚ほ大なるを見る可し盖し其故は何ぞや身に負擔したる〓〓の大なればなり

然るに生命保全會社の組織にては病家は〓〓の病家にあらずして會社の病家なり醫師は〓

身の門戸なくして會社の役員なり故に治療上の得失〓〓〓〓〓り醫師〓全く免かる可きに

は〓〓〓〓と〓〓〓〓〓〓に當る〓〓〓〓〓〓〓の〓か〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓は〓まで〓

〓げ亞t〓〓〓〓〓身に〓〓〓ざれば〓〓〓〓〓〓を得べからず〓〓〓て其醫〓の〓〓〓

大に〓〓〓〓〓らざる〓〓と〓〓〓なれば我輩は〓〓〓〓〓を〓し其社の役員たる醫師は

果して社の患者を自身に引受け左右を顧みずして人情を盡す可きや、治療中不安心のこと

あれば夏の炎天、冬の寒夜、病家の催促を待たずして一日再三行て診察を施す可きや、一

掬の黄金得るに處なくして患者雙眼の涙に滿足す可きやと聊か心配なきに非ず兎に角に其

實際の成跡を見るまでは何とも斷定し難きものなり

以上は生命保全會社の創立を耳にして想像したる一論なれども本來今日の日に當て斯る會

社の興りたるは何故なるやと尋れば自から亦説なきに非ず凡そ天下の事物に其要なくして

興りたるものあるを聞かず洋服民間に流行して西洋の裁縫店興り、地方の貧民都下に群集

して安泊の營業興る然らば即ち保全會社の興るも亦必ず之を促す所の要用なきを得ず盖し

其要用とは何ぞや鄙見を以てすれば今の世の開業醫を聘するは甚だ手重にして力に及はざ

る者多く都下の人心これを厭ひ盡して低價の醫藥を求るが故なりと答へざるを得ず近來西

洋の醫術も大に進歩し隨て其器械藥品等も精巧なるもの少なからずして存外の處に大金を

要し醫家の所費復た草根木皮の時代にあらざれば酷に治療の高價を咎む可きにはあらざれ

ども先づ其診察料を云はんに一診五圓なるものあり一二圓なるものあり此金圓を病家に促

すは日本國全體の生計の度に比して相當なる可きや少しく疑なきを得ず五弗の診察料は西

洋富貴の國に於ても僅に中等以上の病家に求む可きのみ然るに此貧困にして物價の安き日

本に於て安き家に住居し、安き衣食を衣食し、安き助手を使用し、安き車馬に乘りて奔走

する其醫師が數分時の診察に其料は則ち西洋流なりとは到底永久に行はる可き物の數とも

思はれず我輩が日本の經濟に相應して穩なる所を云へば一二圓も尚ほ如何やと躊躇して世

人一般も感を同ふすることならん然かのみならず今の開業醫は自家診察所の傍に調合所な

るものを設け其藥品の價决して廉ならず稀に或は實價の貴きものなきにあらざれども大半

は俗に云ふ九層倍も啻ならずして人を驚かすもの多し或は單に處方のみを授けて藥品は藥

舗に買はしむるの法もあれども内實は其藥舗と醫師との間に一種の關係を存して利する者

は藥舗のみにあらざるが故に藥價も亦商賣上の價にあらずと云ふ尚ほ其上にも舊幕府の時

代に行はれたる醫者六(醫師の駕籠を擔ぐ六尺人足)が病家に酒代を貪るの風習、今日は

人力車夫に移り病家にては醫師の來診する毎に多少の錢を車夫に與へざるを得ず舊時の御

菓子料は其姿を改めて定價の診察料と爲り、病家の思ひ思ひに呈したる御藥禮は書付引替

に拂ふ可き藥代と爲り、此邊は純然たる文明簡易の新法なれども調合所(假令藥舗たるも

内實は大同小異)と醫者六の風は左まで舊時に異ならず夫れ是れの事情に由り今日の世間

は西洋流の醫藥を好まざるに非ずと雖も何分にも其費用の輕からざるを恐れて之に近づく

者少なく天下の良醫は恰も珍奇なる實物の如く唯富貴の家に愛玩せらるゝのみ然かのみな

らず其富貴の人も外聞かたがた敢て公に不平の色は爲さずと雖も前月は内君の血の道にて

云々去年來は牝〓のレウマチスに兼て令息の胃弱にて云々して〓に病用の所費を計算して

内實は少しく驚く者もあるよし即ち西洋醫師も他の洋品と等しく一時の文明〓と共に其價

を論せず駸々乎として流行したれども人〓の心頭〓忘れざるものは錢の勘定にして今や天

下の人心漸く冷却して錢を思ふの折柄、偶然にも保全會社なるものを發起して忽ち其相談

の整ひしことならん其組織は藥價廉にして診察料を要せず以て西洋流の治療を受く可しと

のことなれば正に目下の缺乏に投じたるものにして其興るや偶然に似て偶然に非ざるなり

近來都下の開業醫師中にも此會社の事に就ては樣々に得失の議論あるよし詳なるは我輩の

知る所にあらざれども醫師にして其得失を論ずると共に聊か自省を加へたらば亦大に發明

することもある可しと我輩の信ずる所なり