「無用の人を如何にす可きや」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「無用の人を如何にす可きや」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

(前號の續き)

日本の人口は年々進んで已まざるに相違なけれども老幼死生新陳代謝の其間に多少猶豫も

あることなれば經濟社會に影響を及ぼすの度は左まで切迫ならざる可し之に反して文明の

利器の作用に依り直接に人力を省きたる其結果は勞力者仲間の範圍を狹めて更に競爭の熱

を盛んならしむるの理なるが故に其禍は一層激なるを免れずして即ち文明の利器一歩を進

むる毎に勞力者の不幸又々一歩を重ぬるの趣あるは如何ともす可らざるの情實なれども去

迚之を自然に放擲し少しも矯正を加へざるに於ては賤民衣食に困んで動搖するなきを期す

可らず其際事を好むの輩が破壞主義を唱ることなどあらば無識なる勞力者の一時に起て應

ぜんことは西洋諸國の例に照らし有り勝ちの次第なれば日本に於ても將來に斯る事實を慮

り豫め之を防ぐの手段を講ずるは大切のことなる可し或人の所説に於ては内地未開發の土

地を拓き以て賤民を移して之に衣食の資を授く可しと爲す者あり一時の計としては我輩不

同意あるに非ざれども今の日本の人々さへ土地面積に割合せては歐洲文明の數邦を除くの

外世界中人烟稠密の國なること疑ふ可らず殊に我國の地勢より推す時は山脈多くして平地

少く地層の構成抑も既に許さゞる所あるは地質學者の所論たるのみならず今日まで世人の

稱して不毛不用の原野となしたる所とても實際不用なるに非ずして恰も既成の耕作地に肥

料を供するの用を爲す者なり年々歳々原頭に野草蕃茂して一青又一黄只行人の蹈むに一任

するは惜む可きに似たれども農家にて其草を刈り以て肥料を作るは各地の習慣概ね皆然ら

ざるはなし西洋諸國ならば牧業甚だ盛んにして野畜の糞料を得ることも難からず其他化學

的の作用を假て人造肥料を作るの路もあることなれば刈草一偏を目的とするの原野を遺し

置くは無用なれども日本國は之に反し永遠の後ちは兎も角も目下の處にて悉く今の原野を

開發したらば差當り肥料の供給なきに苦み、從前の耕作地は次第に瘠せて収穫を減じ新規

の田野亦充分の實を得ず所詮共潰れの難儀に罹ることなかる可きや既に此程の時事新報に

も見えたる如く越中地方の蓮華草が雪の爲めに萎へたるより米價に影響を來したるは何故

なりや野草の榮枯即ち是れ肥料供給の多少を卜する所以の具にして前〓〓〓〓榮開地を拓

く可しと云ふの〓〓は單に肥料の一事より推すも我輩に〓て〓〓に〓み〓〓〓はず畢竟〓

〓〓じて内地に〓〓〓〓〓〓〓求め〓に〓〓〓〓〓て〓〓〓〓生活を〓〓〓〓〓〓謀るよ

〓〓眼〓〓〓めて海外諸國を看渡せば南北兩米より濠洲諸國に至るまで茫々たる無限の沃

野皆な外人の來拓を待たざる者なし而して今の歐洲諸國の人民が相率いて之に移住する所

以は他あるに非ず本國に於ては土地既に開け盡し勞力亦既に多きに過ぎて衣食の資に乏し

きより斯くは海外に新職業を求むるまでの話しなれば日本に在りても之れに均しく今後次

第に海外移住の道を開き一方に内地文明の利器の作用に依て省かれたる無用の人力を外國

に轉じて有用たらしむるの策必要ならんと信ずるなり

右の外に無用の人力を有用に轉ずるの方法手段一ならざれども爰に日本人に一種特有なる

手工品の製造を盛んにして海外に販路を需め以て内國に節し得たる彼の勞力を外國に仕向

けしむるも亦一策なる可し畢竟日本人の技藝に特有の旨味あつて外人の嗜好に適するは日

本開化の古くして格別の長所あるに依る者なれば手工品の製作には文明の利器の作用も競

爭を試むる能はずして唯之を日本人民、個々指頭の技に放任する外なからんなれば今後大

に之を利用し内國不用の勞力を此一點に聚めて利益多かる可きは論を竢たず近く一例を申

せば日本の陶磁器近年歐米諸國に出る者非常に增加し一箇年額百萬圓に下らざるは悦ぶ可

きの至りなれども今日に在りては唯一箇の贅澤品裝飾物として暖爐臺に登るの類か但しは

卓子上の置物たるに過ぎず西洋の家毎に割合せて考ふれば日本製の陶磁器は有りや無しや

殆んど人目に觸れざるなどの有樣なる由なれども之を歐米の全市塲に蒔散らせば日本國に

入る所の金額百萬圓の多きに昇るより之を推せば將來内地の製造を改良し歐米市人の日需

品常用器に適するよう其工風を爲すに於ては日本陶磁器の販路際限もなきことならんと云

へり然るに日本風陶磁器の製法は前にも申す如く我國人特有手工に依賴するより外なき者

にて文明の利器を以て所詮壓倒す可きに非ざれば勞力者は永く其職業を奪はれざるの幸福

に會し利器の衝に當てられて即日活路を失するの慘状冀くは免る可し其外銅器なり漆器な

り角貝甲牙竹木細工若くは雜草類の編物織物總て家具裝飾日用の雜貨にして日本風特種の

手工、西洋人の嗜好に適する者極めて多きことなれば日本人の勞力を此一方に仕向くるの

得策は申すまでもなけれども爰に困難なるは能く日本の勞力者を統率して無賴無状に流れ

しめず併せて一方に歐米市塲の時好嗜欲を誤まらず巧に雙方の權衡を保ちて日本の利益を

落さざるの手段如何んに在るのみ之を爲すには實業有力の人に向て我輩重ねて訴ふる所あ

らんとするなり   (完)