「會社創立の發起人」
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時事新報に掲載された「會社創立の發起人」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
會社創立の發起人
共同結社の事は文明社會に行はるゝ商賣の仕組にして今代の商賣には必要、欠くべからざ
るものなれば我國にても今後益々商賣の盛んなると共に共同結社の事も亦益々行はるゝ事
ならん既に明治初年の頃より都て西洋風の流行に連れ何組何會社と稱し共同結社して商賣
に從事するもの逐々現はれ出でたれども元來不慣の業なりしが爲めか又は其仕組の宜しか
らざりしが爲めか大半は目的を達する能はずして半途に解散し失敗の迹を商業社會の留め
たるにぞ世上の人も漸く之を厭ひ共同結社の事とし云へば一般に山師投機者の仕事とのみ
思ふに至りしは是非もなき次第にして爾来商賣上結社の沙汰は絶えて無くして纔に有る其
二三の會社商社と稱するものも實際の有樣を見れば資本金幾十萬圓と稱するまでにして株
金を招募したるにあらず其所謂社長役員なる者も亦株主の撰擧に出でたるものにあらず實
は社長其人の私立會社にして社員なるものは社長一家の雇人たるに過ぎず即ち三菱會社藤
田組の如き一個人の商店にして决して共同結社の仕組なるものにあらず左れば日本の商賣
社會には近來に至るまで純然たる結社の實を見る能はざりしに昨年來又もや會社設立の再
發を催ほし土木工業物産製造等何れも共同結社の仕組を以て出願し其筋の許可を得て既に
設立の運びに至りたるもの其數已に少なからず又或は目下創立の協議中なるものも多きこ
とならん兎に角に共同結社の風は今後更に大に商賣上に行はれんとするの兆にして一見先
づ祝す可きに似たれども爰に鄙見を以て事の前後始末を視察するときは亦聊か安からざる
の思ひなきに非ず抑も目下續々興起する會社創立の發起人は何れも世に多少の名望ある紳
士たる可きは無論のことなれども不審なるは幾種幾類の會社にても其發起人と唱ふる者の
中には必ず彼の紳士中より特に數名を擇んで其名を記し或は直に自ら發起人たらざるも賛
成者若しくは委員など稱する者の地位に在らざるはなくして其人は恰も一身にして無數の
創立に關係するが如き觀を呈するの一事なり盖し紳士の名望信用世上に高きより自然に
こゝに至りたる譯ならんと雖も凡そ人間の智識材能には大抵の限りあるものにて土木の事
に明かなるもの必ずしも水産の事に精しからず製紙の事に長ずるもの必ずしも鑛山の事に
通ぜず一人にして斯る數多の業務に兼通ずるは人間知識の及ばざる所なる可し或は創立者
發起人たる者の所務は唯その全體の利害を達觀し會社の〓〓を〓〓するのみにして實際當
局の事は其道の技術者に徃來するものなりとするも自身に全く覺えなき事業に就ては大體
の總括も如何ある可きや、舟子をして馬を御せしむ、我輩の安んずるを得ざる所なり然る
に今の會社の發起人は一人の力を以て幾種幾類の機務劇職に當り而も綽々として餘裕ある
が如しとは唯驚く可きのみ或は曰く彼の特名の紳士と稱する人々とて必ずしも萬智萬能の
人に非らざれども唯久しく社會の表面に奔走し公私の間に縁多きを以て會社創立の際に當
り其筋への掛合などには至極、都合好き等の事情あるより自然發起人中に是等の人を招き
入るゝのみにして畢竟事の便宜に出でたるものなりと云へり若しも然らば法律上の出入り
に代言人を依頼すると一般にして敢て怪しむに足らずと雖ども抑も一の會社を設立するは
空中に楼閣を築くの類にあらず會社あれば茲に資本金あり資本金あれば茲に株主あり株主
役員(今日の處にては會社の役員は常に發起人より撰ばるゝの風なるが故に發起人即ち役
員とも云ふべし)相集りて共同結社の體をなし以て或る事業に從事するものなれば株主と
役員とは常に利害を相共にし所謂規約定款なるものゝ外に役員は株主に對して負ふ所のも
のあるを知り株主は役員の技倆を認めて之を信用し互に相知り相信じて共に其業運の繁盛
を謀り斯の如くして始めて會社設立の効を見るべき事なれども役員の働は唯創立の便宜に
供するのみにして事業上に就ては必ずしも株主の希望を代表する者にあらず株主も亦一時
その役員の名望と勢力とを利用するのみにして永久實際に事の擧ると擧らざるとを問はざ
るが如きは遂に會社の幸運を見る所以にあらざる可し近來設立の諸會社中にも創立は首尾
好くしたれども創立後の首尾甚だ好からずして株主と役員との間に苦情を生じたる者もあ
りと云ふ雙方とも宜しく誡心すべき所なるべし我輩は今日會社の設立盛んなるを見て之を
祝すると共に聊か前途を杞憂するの婆心より茲に一言を呈するのみ