「歐洲の不景氣は文明の利器の反働なりと云ふ」
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本文
(前號の續き)
次に製礦事業に至りても千八百七十三年以來は理學應用の術日に開けたるより諸々無用の
手數を省て今日を十年以前に較べ凡そ人力の三割三歩を減じ得たりと云ふ試に製鐵業の一
科に就て之を言ふに千八百七十年には一人の職工にて一百七十噸(一箇年間には)の鐵を
製したりしに千八百八十五年には更に進んで二百六十噸を獲るに至りたるは外ならず新式
の製鐵器械全く其働きを爲すに因る者にして差引九十噸の增加即ち八十五年の製鐵業は七
十年の時に較べて恰も五割強の進歩を爲したるに相違なきなり又鋼鐵製造の事業を視るに
七十年頃の火爐の仕組は今日既に陳腐に屬し現時の製鋼器械は悉く新式に變じたるより節
儉經濟の法行はれ英國中にて是れまで製鋼事業に卸したる資本金中四百五十萬磅は今日既
に不用の財と爲り之と同時に全國中製鋼人夫の數を減じたること三萬九千人の多きに及び
たりと云へり其他諸般の事業一として新式器械の發明あるが爲めに人力を省くの結果を來
さざるなき其中にも別けて著しきは木棉紡績の業なる可し即ち去る千八百七十四年には錘
の運動一分時間に四千回轉の速力なりしに後ち十年を超て去る八十五年には同じ一分時に
一萬回轉を爲すに至れり今、木棉紡績に要する所の職工を前後同一の數と看傚して計算す
るに十年以前一週間に五十萬ヤードを織出したる者ならば今日は二倍半の增加即ち一百廿
五萬ヤードの棉布製造は容易なれども一方の需要其割合に進まざるは明白にして市塲の勢
ひ若も從前通りの供給を以て充分なりとするに於ては一萬人の職工中六千人は盡く其職を
失はざる可ず或は六千人の者が悉く無職たらずとするも錘の速力四千回轉の其昔しと一萬
回轉の今日とを比較して半數なり三分の一なり著しく職工の數を省くに至りたるは實際に
疑なからん殊に近來は諸般の製造業に分業の法多々倍々行はれて細微の事に至る迄各之を
一局專門の藝と爲したるが故に熟練の點に於ては彌よ彌よ至妙に入りたるに相違なけれ共
廣く考ふれば職工は次第に片輪物と爲り己れの專門とする一種細微の藝の外には活用の材
を失して謂ゆる變通の利かざる人物たるは勢ひに於て免れざる所なるに他の方面には器械
の發明時々刻々に新にして〓〓〓際限なきことなれば其都度〓川の人力を省くと與に〓か
れたる其本人は分業上一種の特藝外に他に變通す〓らざるの片輪物なるを以て俄に新職業
に有就き難く、〓〓益々究〓に迫らんは纔に掛けて見るが如し例へば〓〓〓の一事に於け
る既に六十四種類の分業ありて吾々一足の靴と雖も各種職工六十四人の手を經過して始め
て成るの有樣なれば銘々受持ちの部分に於て其技藝熟練に驚く可き者あるは論を竢たざる
所ならんなれども若しも新式器械の發明に因つて六十四種類の職工中五六種乃至七八種の
人工を省く塲合ともならば省かれたる職工は即日より如何にして生活す可きや分業の法の
爲めに既に片輪物に變じたる職工を又々更に新發明の器械に因て工塲外に放逐するは殘酷
なるに似たれども文明進歩の大勢に於ては復た如何とも爲す可らず千八百八十五年中北米
合衆國内に於て器械力を增加したるが爲めに新に無用の人力を省きたる其數一百萬に及び
たる由なれども幸ひ米國の職工は一般智識に富むを以て他の業に轉ずるの用意を爲すこと
速かなりしより器械力進歩の割合に其生活を失ひたるの話しを聞かざるのみならず米國の
國運日に月に繁昌して止まざるの勢ひは英國其他歐洲の國々と同日にして論ず可らず其原
因に至りては實業敎育の盛否大にこれに關係あることならんと雖も夫は兎に角に今日歐洲
の製造事業は供給獨り盛んにして需要之に伴はざるより十數年引續ての不景氣を致したる
に相違なきなり抑も經濟の法に於て供給の路盛んなれば貨物の價下落して隨て需要の量を
增加すと云ふの説あれども此説は唯、事物一般の傾向を指すまでの話にして實地世界の運
行は决して然らず否な供給の路は如何に盛なりとするにもせよ人事の習慣は容易に動く者
にも非ざれば物價の下落直ちに購買を促すに足らざるは明白の事例なり例へば今日まで一
週間に一度シヤツの脱ぎ替へを爲したる職工が如何に棉布の價下落したれば迚其習慣を變
じて毎日一度の着替へを爲すに至らんことは覺束なしと云はざる可らず要するに去る七十
三年以來新式器械の發明は無數不用の人力を省き得たると與に共に供給をして唯獨り過度
ならしめ以て今の不景氣を釀したるは事實に於て疑なき所なり云々
以上プレーフエール氏の意見なりとしてロンドン、タイムスに見えたる所なるが其事實實
際に違ふことなくば我輩前日來の紙上に記したる文明の利器の作用如何んをも併せて見る
に足るものなる可し (完)