「米國の養蠶業奬勵法」
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本文
米國の養蠶業奬勵法
北米合衆國に於て數年前より養蠶奬勵の説の行はるゝは世人の熟知する所にして今日歐洲
絹織物の競爭を防ぐが爲めに暫らく生絲の無税輸入を許すと雖も追て自國内にて繭の収穫
充分なるに至らば保護政策を實行し外國産の生絲には課税するの法を設くること必然なら
ん在華盛頓我國公使館より其筋への報告(通商報告第五十五號)に據るに曰く米國政府は
去る明治十七年中、製絲試験所を農務省内に設け且つヒラデルヒヤ及びニウオルリアンの
兩府にも各一箇所を置き維持費として年々數萬弗の金を支給し專ら製絲を爲さしめたるに
各所とも収支相償はざるの事情あるにも拘はらず試驗の成迹より評すれば次第に好結果を
得るの姿にして殊に佛人セレル氏の發明に係る製絲器械を買入れ右各所に据付けて其効果
を試驗せしめたるに製出の絲は繊緯に大小の不同なく又非常に勞力を省き得るの利便ある
等將來の望み頗る期す可き者なりと云へり而して養蠶の業は米國各州之に從事するの地方
次第に増加し多々倍々進歩の状勢なり現に昨冬中農務長官コルマン氏の養蠶業に係る意見
なりとて新聞紙上に見えたる條々あり即ち曰く合衆國人民の生絲並に絹布を使用するは今
日遙に他の國人よりも多く今後五箇年を經過したらば米國内の使用高、世界各國の使用總
高より尚ほ多きに至らんと疑ひなし、曰ニウ イングランド以西及び太湖以南の諸州は上
等の繭を作るには甚だ適當の地なり、曰く米國政府は絹布製造の業を奬勵せしめんが爲め
一箇年凡そ三千四百萬弗を課税するを以て(歐洲の絹織物に課する所の課税額なるべし)
純良なる紡績器械を据附けたる數百の製造所諸處に起り織出す所の絹布の品質頗る上等に
して例へばニウ ゼルシー州ペテルゾン會社の製造に係る者の如きは今日之を佛國に送り
巴里若くは里昻の市塲に賣捌きて尚且つ利益を得る迄の進歩を爲したり、曰く米國内各州
の農家に於ては田畑に出でゝ勞働することも成らず又家事の外に勞働して金錢を獲るに道
なき婦女子の數、數萬に下らざれば之をして養蠶の業に從事せしむるの利益果して幾何な
る可き、曰く自轉製絲器械其用を得るに至らば養蠶の業忽ち發達して莫大の利潤を占るに
疑ひなきのみならず合衆國が終に此業に於て世界の主位に立たんと恰も今の木綿穀類若く
は菓物に於けるが如くなるも期して待つ可し、曰く農務省に於て當時買上の繭の價は上等
品にて一對度九十三仙の割合なり又同省所轄の製絲試驗に於て製出したる生絲は一對度四
弗五十仙の相塲を以て拂下げたり然るにモントリール及びサンフランシスコのベルデン會
社ヨンネクチカツト州のロツクウヰル會社或はミシガン州のベルデング會社如きの紡績所
に在りては米國製の生絲とあらば一對度に付五弗の割合即ち伊太利製の生絲よりも五十仙
の高價を以て買込むの習ひなるは畢竟自國の製絲業を奬勵せんとの美意に出でたる者なら
ん云々
以上農務長官コルマン氏の見込なる由なれども是れ决して氏一己の私見にはある可らず米
國の與論抑も抑も既に之を許して自今大に國内の養蠶事業を奬勵し外國生絲の輸入を防が
んとするの説次第に勢力を有するが故ならんのみ然るに尚ほ近着の華盛頓通信に據れば去
る一月九日カリフホルニヤ州の議員トーマス エル タムソン氏は代議院に養蠶奬勵業な
る者を提出したる由未だ議决には至らずとのことなれども將來日本國の養蠶上に重大の關
係を有するの報道たるが故に左に之を掲げて追て我輩の鄙見を述べんとするなり
タムソン氏の提出したる養蠶奬勵案大要
一農務省中に養蠶課を設くる事
一養蠶課長及び太平洋岸養蠶監督長は農務長官に於て任命する事
右太平洋岸とはカリフオルニヤ、オレゴン、ネバダの三州及びロツキー山以西ユター、
アイダホー、ワシントンの三地方を云ふ
一農務長官は合衆國の蠶業奬勵の爲め合衆國内の各州に一箇所又は多くの養蠶試驗所を設
立すべき事
但し甲試驗所より乙試驗所までの間は距離百五十哩より近づくべからず而して州内の
氣候及植物上の有樣桑樹の成長及繭の増殖に利ある塲所に限るものとす
一農務長官は直にカリフオルニヤ州内南北中の三箇所並に其他必要と認むる塲所に相應の
試驗所を設くる事
一各試驗所の敷地は二十五ヱークルに下る可らざる事
但し其中少なくも十ヱークルは桑の植付養蠶産繭桑苗の培養に充つる事
一試驗所に於て植付たる桑苗を養蠶志願人に於て下渡を望むときは一千本以下は無代償に
て下渡し其以上を望むときは一千本毎に十弗を拂はしむべき事
一農務長官は各國より桑種及蠶種を買入れ之を試驗所に給し又た養蠶志願人に分配すべき
事
但し桑種の無代價下渡高は毎人一オンスを超ゆべからず之を超ゆるときは一オンス毎
に二十五仙を拂はしむる事蠶種は一オンス迄は無代價にて給與し之を超ゆるときは一オン
ス毎に二十五仙を拂はしむべし
一農務長官は養蠶試驗所に生絲紡績器械其他桑樹培養の爲めに必要の器械を備付くる事
一殖産の奬勵となるべき代價を以て生産者より繭を買上ぐる事
一各試驗所に於て繭より生絲を製すべき事
一各州に於ての産繭高増加し私力を以て紡績の業に從事して利益あるに至るときは政府は
其紡績業を廢する事
一農務長官は紡績せらるべき良繭には一封度に付十五仙の奬勵金を與ふる事
但し此奬勵金は一州の産繭高生繭にて五十萬封度〓〓にて十五萬封度に至る迄繼續す
る事
一右奬勵の爲め一千八百八十九年六月三十日に終る會計年度中に於て十五萬弗を之に充つ
る事