「登記法の廢止を望む」
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本文
登記法の廢止を望む
我輩は前號の紙上に於て兵役税を實行する其代りに所得税並に登記法を廢止すべき事を論
じたり抑も今の登記法は去る明治十九年八月を以て公布し昨明治二十年二月より實行され
たるものなるが從來政府の歳入に於て免許料及び手數料を稱する項目は十萬圓内外なりし
ものが昨年同法の實行以來増して二百餘萬圓となりたり即ち登記法の實行により國庫の歳
入に二百餘萬圓の増額を見たるものにて數に於て决して少なからず政府の歳入中に於ては
屈強の税源として頼む所のものならん抑も今日の時世に於て政費の増額は止むを得ざる事
として隨て之を補充するの税源なきを得ざることなれば此二百餘圓の歳入は决して輕視す
べきにあらずと雖も熟ら熟ら登記法施行の實蹟を案ずるに其手數極めて繁雜にして今の民
情に適せざること多く所謂繁文を省くの主趣に戻るが如し登記法の本文に據るに地所建物
船舶の賣買、讓與、質入、書入の登記を請はんとする者は地所建物は其所在地、船舶は其
定繋塲の登記所に出頭し登記を請ふことにして其登記事務は各地の治安裁判所に於て之を
取扱ひ同裁判所遠隔の地方にては郡區役所其他司法大臣の指定したる所に於て之を取扱は
しむとありて右等の塲合には各々登記所に出頭して登記を受くる事なるが抑も民間に於て
土地以下の賣買質入等は殆んど日々の事なれば其都度に必ず登記所に出頭して登記を受く
るさへ既に其繁に堪へざる事なるに其登記の手續なるものは極めて繁雜にして一事件の登
記を受くるにも數通の願書を要し又は戸長の奥印證明を要し諸種の書式を聞合せ彼是の間
に奔走徃復する等の事ありて正味の登記料の外に種々の費用も少なからずして金の事は外
にしても實際その手間と時間とは中々容易のものにあらずと云ふ左れば登記法の實行に政
府にては免許料及び手數料二百餘萬圓を徴収するに〓〓す所十八萬圓餘(本年度の歳計預
算によるに郡役〓〓長役塲の登記所費は十八萬一千四百四十八圓餘なりと云ふ)に過ぎざ
れども人民の私に費す所の時間と費用とを計算するときは全國中にて登記法の爲めに費す
所は非常のものたるや論を待ざる所なり右は唯その手續の繁雜なる點より登記法の便なら
ざる所以を陳べたるまでなれども我輩は猶ほ登記法の本文に就き聊か疑を存する處は地所
建物船舶と三者を併せ稱することなり盖し建物船舶の二物たる〓〓破〓もしくは〓〓〓の
性質を具ふるものならばその〓下何人の所有にし如何なる〓〓をなし〓る〓〓の〓〓を確
かめ〓くては便乘の事にして之〓〓〓〓登記してその所謂關係の〓〓義務等を證明するも
亦自ら一種あることならんなれども地所に至ては如何あるべきや土地の所有者には既に政
府より下附されたる地券状ありて其所有の權利は疑ふべからざる其上に賣買讓與等の塲合
には其筋の手數を經て地券を授受することなれば猶ほ其上にも之を確かむるの必要あるべ
からず即ち土地の所有は法律上に於て確實なること公債證書と異なることなく之が賣渡讓
與等の手續も亦公債證書と同樣なるものなれば公債證書の授受に登記を要せざる限りは地
所も亦これを要せずして可なるべしと思はるゝなり我輩は素より登記法の全廢を望むもの
なれども萬一止むを得ずして之れを存するの塲合ありとするも建物船舶の二物と共に地所
を同一視したるはその如何なる理由たるを知るに苦しむものなり兎に角に登記法の施行は
大に繁文を省くの主趣にあらずして今の施政上に於て决して好むべきの税法にあらざれば
之を廢して政府の歳入に差支なければ之を廢するに躊躇することを要せざるべし故に我輩
は政府が一日も早く兵役税の説を採用する其代りに所得税を始めとし目下人民の不便を感
ずる所の税目を廢する其第一着手として先づ登記法の全廢を希望するものなり