「歐洲國際の關係」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「歐洲國際の關係」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲國際の關係

(前號の續き)

露國政府は三億ルーブルの外債を起さんが爲めに頻りに平和を裝飾するの次第は前號に於

て之れを記したり此の如く露國其軍備を張るに當りては獨逸政府も亦大に備ふる所なかる

可らずと云ふの决心より陸軍大臣は獨逸聯邦上院に兵備擴張の議案を提出し二億八千百五

十五萬零五百五十マルクの軍費支出を求めたるに上院は難なく之を可决して其内の二億七

千八百三十三萬五千五百六十二マルクを新公債の支辨と爲し殘る三百二十一萬四千九百七

十四マルクは中央政府より夫れ夫れ聯邦諸州に割當てゝ之を徴集するに决し更に聯邦民撰

院の討議にも附したるに同院も遂に多數を以て其原案を通過せしめたるは去る二月初旬の

事なりしと云へり而して獨逸政府は此二億八千マルクの軍費を以て如何なる計畫を爲すの

意なりやと尋ぬるにランドウエルと稱する勇兵の組織を改正し新に七十萬の兵を增す手段

にして今日既に訓練を了りたる戰時兵二百六十五萬の數に合計すれば今後は更に三百三十

五萬の精兵を戰塲に繰出し得るの準備を爲す者なりビスマルクが右の議案を出すに當り議

院に於て演説したる要略を見るに今日歐洲の形勢は戰爭目前に破裂すべしと云ふほどの急

に迫りたるに非ざれども何時如何やうなる事變起りて獨逸帝國の安全を妨ぐるなきを期す

可らず露佛諸國の飽くまでも我に對する交親を失はざるは勿論ならんなれども去迚今の獨

逸帝國の兵備にては枕を高うして眼むる能はざる切迫の事情あるが故にランドウエルの制

を擴張して七十萬の兵を增すの計畫大切なり云々との旨趣なるが如し方今歐洲列國の中に

在りて兵數の多きは露國ならんと雖も之を外にしては指を獨逸に屈せざる可らず况て軍規

巖肅、兵師精練の點に於ては今日既に全歐中獨逸に及ぶ者あらざるに何の要用あつて七十

萬の新兵を募ることか疑はざるを得ざるなり且つ歐洲にては昨今到る處株式の變動甚しく

種々の風説相結んでブールス相塲の亂高下已まざるよりハムブルグの商人某は書をビスマ

ルク公に送り歐洲の戰亂果して免る可らざるや否やを尋ねたるに公は本年中に交戰の沙汰

なかる可きは勿論、歐洲の平和自今三年の間は保證すべしと答へたる由諸新聞紙の報ずる

所なれども一方に三年間の平和を保證したる其口舌を以て他の一方には七十萬の兵に二萬

八千萬マルクの公債を要する演説を爲したるは前後矛盾の次第にして我輩より之を見れば

ビスマルクがハムブルグ商人に答へたるの一言は英雄人を欺くの類なりと外に思はれざる

なり

右の如く獨逸が頻りに兵備を擴張するは早晩戰爭の避く可らざるを覺悟したる明證なるに

似たれども既往の成跡に據て獨逸將來の政略如何んを考ふるに今日こそ墺地利〓牙利と相

結んで飽くまでも露國に敵するの形状を示すことなれども時に都合にて寧ろ墺國を犠牲に

するも露國と交親を密にして得策なるの塲合には今の墺國に對しても前後反對の處置を加

ふるなきを期す可らず抑も列國の交際は人情にて繋ぎ難く又た德義にも依賴する能はざる

者にして互に私利の在る處に離合聚散、反覆其常なきが故に獨逸の今日、墺國に結ぶ手段

も掌を飜へせば明日、〓然露國に與するの方側なるやも知る可らず去る千八百六十六年の

例に就て之を見るに普魯西(即ち今の獨逸)は當時 シレスヴヰグ ボルスタイン二州の

爭に關して墺地利と〓を開き適々佛國が背後より墺國を助くるあらんことを恐れ之を説く

に中立の利を以てして佛墺二國の同盟を妨げ墺國を單獨無援の地に陥れてサドワの役に之

を破り、斯て北日耳曼聯邦を建立したる後ち間もなく千八百七十年に至りては更に墺國を

欺くに佛國の暴威を抑へざるの不利なるを以てし之を引て陰然己れの援と爲しセダンの戰

に遂にナポレオンを生擒したるは世人の知る處なる可し成敗の跡に就て論ずれば佛墺の二

國は獨逸の爲めに巧に欺かれたる者にして若し始めより此事あるを知るに於ては千八百六

十六年の戰に佛墺疾くに連合して獨逸を討つの相談も纏まりしならんなれども各々私利の

爲めに先見の明を掩はれ兩國前後相尋で失敗して豎子の名を成さしめたるは惜む可きの次

第なり左れば今の事情と雖も之に均しく方今暫らく墺國に結ぶを利益なりとするが故に露

國に對しても仇警を裝ふに過く可らず若しも利害を計較し寧ろ墺國に信を失するも尚ほ露

國と戰端を開かざるを優れりとするの考へあらば獨逸はバルガリヤに對する露國の要求を

容れて其歡を買ふの手段も大切ならん即ち過日のルートル電報にもビスマルクは露國がフ

エルヂナンドを廢す可しと云ふの説に同意し英相ソールズベリーに對して英國も露國の議

に賛成するの要用なる旨を勸告する筈なり云々と見えたるは事頗る簡單にして未だ詳細を

知るに由なけれども暫らく我輩の想像を以てそれが徒に墺國の爲めに聲援して露國の怨を

招くを憚り寧ろ墺國に信を失するも露國との和親を破らざるを得策とするの考へにて斯る

手段に及びたる者ならんかと思はるゝなり  (未完)