「歐洲國際の關係」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「歐洲國際の關係」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲國際の關係

(去る七日の續き)

バルガリヤ事件に關して其利害を反對にする者は露墺の二國なること今改めて言ふにも及

ばざる可し露國はバルカン半嶋に羽翼を伸ばさんと欲して多年の望み一日も已む時なく墺

國は又之に相反し露國が其歩を進むる一段毎に恰も藩塀を削らるゝ如きの地位に立つ者な

れば二國の相容れざるは怪むに足らざるなり然り而して一方に獨墺兩國の關係を如何にと

尋ぬるに今日までの形迹にては輔車唇齒互に相倚るが如くにして露は墺の敵なるが故に獨

も亦露を敵にしたりと云ふの趣なきに非ず左ればフエルヂナンド存廢の論に就ても獨は墺

に聲援して露の要求を拒絶すること相當の順序なる可きに事爰に出でずして意外にも露國

の提出議を賛成し剰へ英國を誘ふて其議に加はらしめんとしたるは墺に對して反覆二心の

擧動たるにあらずや既に前にも申せし如く列國々際に關係は人情德義を以て縛る可き者に

非ざれば獨が斯る疑似曖昧の政略を執らんとする其事の是非曲直は措て論ぜず唯何故に墺

に與す可きの獨逸政府が飜て露を助くるの言を發したるや熟々其次第を考ふるに自から原

因なくんばあらず即ち獨逸今日の政略は内に於て專ら聯邦諸州の統一を圖り日耳曼帝國の

基礎を固めんとする一主義に在る者にして外國に對するの恐れとても佛國の爲めにアルサ

ス、ローレンヌの二州を奪はるゝの掛念ぐらゐに過ぎず之を墺地利がバルカン半嶋を侵掠

せらるゝに隨ひガリシヤ地方より漸次其版圖を失はんとするの危險に較ぶるに素より同日

にして論ず可らず左れば強ひて墺國を救ふが爲めに自から危地に陥り露國を敵にするの策

に出でざるは安全の次第にして殊にビスマルクの政略は始めより戰爭の危險を避け出來る

丈け平和手段に依賴して穩然其間に獨逸の覇權を張らんとするの考へなるは世人の知る所

にして例へば今回の事件の如きも斷然露國に反對してフエルヂナンド公を廢す可らずと主

張したらば露國は必ず之に激し事の往懸りより料らず戰爭の破裂を速むる恐れなきにも非

ず獨逸の爲めには無益の干渉なるが故にビスマルクは豫め之を察し態と好言を以て露國の

心を迎へフエルヂナンドの在位は伯林條約の精神に背く者なりと非難し而して又窃に墺國

と相結んでバルガリヤの存立を維持せんとする其狡猾も亦極まれりと云ふ可し左れば獨墺

の間には攻守の密約ありと云ふにも拘はらず墺國の新聞紙中には獨逸の政略反覆定まらざ

ると恐れ左の如き説を爲す者あり

 ビスマルク公は墺地利〓牙利がバルカン半嶋に於ける自國の利益を削り之を露國に攘與

す可しとの考へなりや若し果して然りとすれば獨墺兩國の間に結びたる盟約は何の用をも

爲す可らず同盟の間にてありながら人の利害如何んをも顧みず敵國の讓與を爲さしむるの

與國にては頼み甲斐なきのみならず墺地利〓牙利には毫も敵國に讓與を爲すの理由あらざ

るなり露國の目的はバルカン半嶋に勢威を振はんとするに在ること明白にして彼れ能く其

目的を達するの曉には墺地利〓牙利は四面に敵を受け、歐洲中の一強國たる其地位を失ふ

にも至るべし此際獨逸にして我れと同盟の約を破らざれば又能く我國の爲めに力を盡すに

相違なからんなれども同盟果して恃む可らざるか我國は全く獨逸と分離し一強國たるの資

格を以て吾は吾たるの政略を執行せざる可らず又萬々已むを得ざるの塲合に迫り讓與を爲

すことありとするも决して獨逸の爲めに己れを枉ぐるなきを要するは無論にして且つ獨逸

の仲裁干渉をも許す可らず露國と直接に談判し出來る丈け我れに好都合の調和を謀るこそ

返す返すも大切なれ獨逸にして我國の利害を疎外にする限りは我も亦獨逸の利害に頓着せ

ざるを要するなり今日まで獨逸は我國の爲めに盡す所あるならんとて待暮らしたるは全く

の空頼みにして實際何の役立ちもなかりしなれば今度は一切人を恃まず獨立獨行して我政

略を斷行せざる可らず夫れにても獨逸より尚ほ我れに同盟を求むとならば彼先づ我れに報

効の實を示して來れ云々

墺國の新聞紙中右の如き議論あるより見れば獨逸今日の政略は露墺二國の間に挿まり己れ

の向背、縱まゝに兩國を輕重左右するの地歩を占めんとの考へなること明白なり隨て獨逸

が斯る反覆曖昧の手段を取りつゝあるの間は戰爭の破裂も自然に延引し當分暫時歐洲に姑

息の平和を觀るならんとの説或は一理あるに似たり     (未完)