「歐洲國際の關係」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「歐洲國際の關係」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲國際の關係

(前號の續き)

前號にも記したる如く本年二月六日ビスマルクが獨逸聯邦民撰議院に於て演説したる其一

節バルガリヤ事件に關しては露國の要求を正當と認めたるのみならず露國より公然の求め

あるに當りては獨逸は外交上之に後援するを辭せずとまで公言したるは露國に對するの追

從敬白ならんと雖も之を聞て墺國の政治家は如何なる感を催ほす可きや是れより先き四日

即ち二月二日の夜には獨逸政府の發意の由にて去る千八百七十九年(伯林會議)の翌年に

して今より足懸け十年の昔し)獨墺兩國の間に結びたる同盟條約を突然公布したる事の次

第を尋ぬるに抑も右兩國の間に豫て密約あること世に隱れなけれども條約の精神全く自衛

防禦の點に存するか但しは又他邦攻撃の意味をも含む者か其邊判然たらざるより物議百端

已む所を知らずして特に露佛の兩國は右の條約を以て侵掠の害意をゆうするが如くに吹聽

し獨墺二國を傷くるの口實と爲したるが故にビスマルクは此の際に條約全文を公布するは

世の物議を排し併て獨墺二國執る所の政略は專ら自衛防禦を主眼とし全歐の平和を維持す

るに在るの確證を示す者ならんと信じて今回の擧に及びしなりと云へり其條約の全文は本

月七日の時事新報に官報より拔萃して之を登記したれば諸君も一讀せられたることならん

と雖も尚ほ爰に參考の便を計り其要略を掲げんに

 第一 同盟國の一方露國より攻撃せらるゝ時は同盟國は互に兵を以て相救援するの義務

ある事

 第二 同盟國の一方露國外の一國(佛國を指すこと明白なり)より攻撃せらるゝ時他の

一方之を援く可らざるは勿論更に同盟の好意を以て局外中立を守るを要す、然れども右の

攻撃國が露國と連合するの塲合には同盟國も亦互に兵を以て相援けざる可らざる事

 第三 同盟国の兩陛下は露帝アレキサンドル陛下がアキサンドローオーの會合に於て明

言したる旨趣に基き露國の軍備は實際同盟國に對する者に非ざる可きを信じ且つ世の誤傳

を避けんが爲めに堅く之を秘密に附すると雖も若し此見込齟齬したりと思はるゝ塲合には

「露國が同盟國の一方に對する攻撃は取りも直さず雙方に對するの攻撃なり」と看做し其

旨を露帝に通知すべき事

右の秘密條約を今日突然に公布したるは外觀或は獨墺兩國政府に於て露國其兵を南彊に聚

むるを以て同盟國に對する出師の準備と看做し條約第三項の旨趣を斷行したるの意なるが

如くなれども未だ實際は然る可らず若し又該條約の公布を以て露國の出師準備に對したる

挨拶なりとすれば右の一擧は恰も最後掛合状の役立を爲す者にして和に戰に露國の返答一

つにて今頃は歐洲に大破裂の報を聞くこそ然る可きに國際の關係何んとなく切迫なるにも

係はらず幸ひ未だ其事のあらざるは何の故ぞ且つ獨墺兩國同盟の後伊太利も之に加はりて

三國互に防禦密約あるの事實は世上に殆んど知らざる者なし唯其條約の如何なる項目より

成立つやは詳ならざれども露國が近來其兵を南彊に送るの擧彌よ彌よ同盟國の一つなる墺

地利に敵意を表するの振舞ならんには三國同盟の秘密條約を公布し露國をして大に憚る所

あらしむるの手段に出づ可き筈なるに然らずして十年以前の死文を披露し以て露國を威迫

せんとは児戯の類のみビスマルク如き政略家の本意に非ざるは言はずして明白ならん左れ

ば我輩の想像を以てすればビスマルク今日の政策たる一方に墺國を助けて其建國を失はし

めざる傍らに露國とも交親し自ら中流の重きに立たんとの考へなること前にも屡々説明し

たる如くにして此度秘密條約を公布したる其次第も一つには墺國に對し决して疎遠ならざ

るの申譯、二つには露國限りなく我意に募らば獨逸或は其交親を斷つこともあらんと恐迫

の意を兼ね寓したるに過ぐ可らす然らずんば條約公布の後ち四日公が民撰議院に出でゝ露

國のバルガリヤに對する權利を辨護し「予は外交上奔走の勞を辭せず」とまで明言するの

必要あるを覺えざるなり又好しんば條約の公布を以て露國に對する最後掛合状の類ならん

とするも露國は之に應ずるの理由ある可らず即ち獨墺二國の間には自衛防禦の約ある可け

れども露國が果して其兵をバルガリヤに出すの塲合に右の二國より之に對して如何なる處

置を爲す可きやは條約の文にも見えず隨て露國の出師準備を爲すは唯バルガリヤの邊彊を

警しむるの存意にして毫頭獨墺二國に關係あらずと辨解せば二國は何の辭を以てこれに挨

拶す可きや且つ獨り此れのみならず露國バルガリヤに對するの權利に就ては八十五年以前

は知らず其以後はビスマルク、カルノキー二人の意見互に相合はざるの事情もあれば獨墺

二國の關係を漫に外觀を以て臆斷す可らず國際の交渉古來入組みたる者少なからざれども

今の歐洲の内幕ほど混亂したるは我輩の未だ曾て知らざる所なり   (未完)