「歐洲國際の關係」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「歐洲國際の關係」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲國際の關係

(前號の續き)

前日來篇を累ねて説き來りたる所は重に獨露墺三國の交渉に關係して未だ英佛諸國の進退

擧動には言ひ及ばざりしが故に爰に視察の方針を轉じ英國の現内閣は東欧事件に就き獨逸

の議を賛成して露國の要求を容れしむ可しと云ふの考へなるや但しは又之に反し墺地利に

荷擔してバルガリヤを獨立せしむ可しとの意見なるやを記述し尋で佛國政府の向背如何ん

をも論ぜんと欲するなり偖英國が東歐今日の紛議に對する政略を知らんとならば第一に現

内閣は保守黨の手に存して就中今の總理大臣の先年伯林の大會議に時の首相ヂスレリーに

副とし列國の委員に會同したるソールズベリーたることを記臆せざる可らず抑も伯林の會

議たるや露國は東歐諸州を己れの版圖内に併せんとするの野心を懷き會同諸員若し其要求

を聽かずとならば干戈に訴へても斷然爲す所ある可しとまでに恐嚇威迫の手段を行ひ列國

の人心も洶々とてし全歐將に亂離たらんとするに際し英のソールズベリーは其首相ヂスレ

リーを助けて與に伯林に赴き樽俎の間に折衝して露國の委員を説破しバルガリヤ、セルビ

ヤ、ルーマニヤの三國を支へて其獨立を全ふせしめ露國圖南の雄圖これが爲めに妨げられ、

歐洲平和を失はざりしは人の能く知る所ならん當時墺獨の二國は第一にバルガリヤ地方を

露國の蠶食に供する其不利を唱へざるに非ざりしも露國は剛情にして殊に交戰の覺悟さへ

極はめ居たることなれば容易に二國の言に屈せず和親將に敗れんとしたりしなれ共英國の

援を得て僅に其難を免れたるは二國の德とする所なる可し然れ共露國より之を言へば英國

は正しく己れの怨敵にて露人圖南の策を遮りたる者實にヂスレリー、ソールズベリーの二

人なるが故に露英兩國の關係は既に此一事に於ても圓滑なりとは思はれざるに况て當時伯

林の會議に列して直接に其妨げを爲したるソールズベリー其人が昨今英國の政柄を握るに

於ては兩國の纏まり如何にしても全きを得るの理由ある可らず此言たる我輩一己の想像た

るに止まらずして現にソールズベリー自身の説に於て判然之を證する者なり即ち二月九日

バルガリヤ事件に對する英國の政略如何んに關し上院に於て演説したる要旨に曰く英國の

政略は事の大體に於て獨逸の主義に大不同意なけれども然れども未だ必ずしも之と一樣の

位地に立つ能はざるの事情あるなり其次第如何にとなるに獨逸專ら己れ一國の利害のみを

念慮と爲す者なれば歐洲南東部の事件には痛痒相關せざること當然なるに反對して我英國

永遠利害の大關係は實に此一事に屬するが故に隨て獨逸の行ひを學び吾れは東歐事件に預

り知らずと放言すること能はず試に思へ墺地利はバルガリヤを奪はるゝも尚ほ之を意とせ

ざるや伊太利はバルカン半嶋の獨立を失するに會しても其蕭牆に虞りなかる可きや是れ東

歐事件には兩國與に熱心して其安危を感ずるの所以なれども獨逸の状勢の大に之と趣を相

違にすること論を竢たず是に於て獨逸の政治家は歴史上既に露國との修信あるが故にバル

ガリヤ事件に關しても其要求に同意せざる可らずと公言したる次第ならんなれども若し夫

れ歴史上の關係より之を論ぜんならば我英國が東歐事件に密接の關係を有する其趣は正し

く獨逸に反對ならざる可らず隨て之に對するの政略も多年一定の方針ありしが故に今日吾

人は俄に其主義を變ぜんとするの考へなきのみならず終始一徹守る所を失はざるの覺悟な

りとす、我英國にも外に對する利害の關係はなかる可らず、就中歐洲南東部の事に至りて

は我國民三四代の其間最も利害を感じたるの次第もあれば我輩現代の子孫たる者突然祖先

の遺訓を犯し東歐事件の得失を度外視する能はざるは萬々即ち英國の爲めに計りバルガリ

ヤを獨立せしむるの要用决して墺地利若くは伊太利に讓らず云々

以上ソールズベリーの演説はビスマルクの露國がバルガリヤに其の威力を伸ばすを不都合

なしとするの主義に反對しバルカン半嶋の獨立は英國永遠の利害に照らしても必要なるが

故に我政略は勢ひ獨逸と其方針を殊にせざる可らずと云ふの旨趣ならんなれども去迚歐洲

彌よ彌よ戰亂の曉に英國は露國の敵と爲り墺伊の二國に同盟して兵を大陸に送るの决心な

らんやと尋ぬるに我輩の鄙見を以てすれば然る可しとも思はれず唯外交上、平和手段に依

賴してバルガリヤの獨立を支へ得らるゝ其限り或は墺伊の二國をも助く可けれども事破れ

て干戈騒擾の時に至らば中立局外の地位に立ち以て己れを全うするの覺悟なるやも知る可

らず現に去る二月十日下議議に於て東歐事件に關し英伊兩國の間に盟約若くは文書の往復

等ありたるやとの質疑に對し外務次官フエルガスソンの説明に外交上大陸の諸政府と往復

したる文書の如きは議院に於て報告したる事件の外に政府窃に外國に送りたる者一切之あ

らず其他兵事上互に相援ふの約を結びたる次第もなければ我英國は大陸諸國に對しては一

切攻守同盟の密約責任を有せず云々とありしを見ても英國現内閣の主義如何んを察す可き

なり    (未完)