「歐洲國際關係」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「歐洲國際關係」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲國際關係

(前號の續き)

去る千八百七十九年獨墺兩國の政府が露國の侵掠に抗する目的にて取結びたる秘密條約を

今日突然公布したるが爲め露國の人心は大に動搖して孰れも洶然の思ひあらざるなく平生

平和主義を以て知られたる新聞紙にても獨墺政府今回の擧は露國に對する恐迫威嚇の手段

にして無禮を吾に與へたる者なりと議論し嘖々惜かざるの次第なれば其明モスコー、ガゼ

ツトの如き國權擴張を以て第一の眼目とする新聞紙が口を極めて此際に激論を吐くも亦怪

むに足らざるなりモスコー、ガゼツトは昨年まで露國の政治社會に於て勢威無雙の聞えあ

りし故カートコフ氏の機關にして今の主義も飽くまで露國の光威を四表に輝かす可しと云

ふ唯一の點に在るの事實は人の能く知る所なるが獨墺秘密條約の公布を評するに當りても

論じて曰く此二國が斯る密約を披露して公然露國に敵對せんとの决心ならば我も亦外國に

結んで斷然之に抗するの覺悟なかる可らずランドルフ、チヤウチル卿の露國に來りたる目

的如何んは今爰に明言する能はざれ共凡そ卿の意見に於て露國若し英國の爲めに印度の後

背を衝かざるを約するならば英國は其報酬に露國の土耳格に對する計畫を妨げず以て互に

親交を密にするは雙方の利益なりとの考へなる由、世に隱れなきの事實なれば露國は此際

英國に結んで東歐地方に其援を假るの手段大切なる可し隨て通商貿易の事に於ても平素互

に其利益を計るの目的にて取敢へず英國より輸入し來る貨物の海關税率を引下げ二國の商

賣を盛んにするは今日の急務なり云々と然れども今日獨墺二國に當るが爲め英國に親交し

我より印度を犯さざるの代りには英國亦我圖南の計を妨げざるを約す可しとは獨りモスコ

ーガゼツトの議論ならず其他露國中有力なる新聞紙もこれに不同意なきが如し畢竟一方に

獨墺二國を疾むの念彌よ彌よ深くして他の一方英國に結ばんとするの心倍々切なるは國際

の關係然らざるを得ざるの理なれば英露の二國多年互に仇讐を懷きたるにも拘はらず昨今

露國の人心は英國を友視するの傾きに次第に盛んなりと云へり又ランドルフチヤウチルが

露國に赴きたるは現内閣ソールズベリーの内意を承け窃に露國に談ずる所あるが爲めか或

は又全くの漫遊にして他に用務なかりし者か其邊の風聞多樣にして容易に信僞を辨ずる能

はざれども豫て英露親交の策を必要とするの主義を以て知られたるランドルフ、チヤウチ

ルの露國行は其國の人心をして一層英國に結んで獨墺二國に抗するの地を固むるの念を起

さしめたるに相違なかる可し然り而して英國に於ても此人が内閣の權を握り躬から外務の

主任者たらんには英は印度に、露は土耳格に、各々安んじて經略を爲すの相談も就き易か

らんなれどもランドルチヤウチルは現政府に意見合はずして中途より退閣したる政治家に

して特にソールズベリーの政略は上院にて述べたる演説にも見ゆるが如くバルガリヤの獨

立を支ふるを以て英國永遠の大計としビスマルクが不干渉の政略を公然非難したるの跡に

就て考ふれば英露連合の策は今日實際に行はる可しと思はれず然れども讀者が歐洲列國の

形勢を探るに際し英露二國の交りは必ずしも深讐相容れざるの關係ならざるが故に萬一の

機會もあらば互に和して各々一方の經略に從事するの相談就き難きにも非ざるべしとの事

情を認め置くは我輩の要用と信する所なり

次に佛國の外交政略を如何にと云ふに昨年の十二月前大統領グレヴィー職を辭してサーヂ

カルノー之に代り同時にチラール内閣の組織成りてフルーラン外務の任に當り本月初旬ま

で凡そ四ケ月の間佛國の外交はフルーランの手に在りしなれども憲法改正の討議に於てチ

ラール内閣は敗を議塲に招きフロケー代て首相と爲り甞て其前に同じく内閣の首席に立ち

たるゴブレーが外務卿に任じたるは此程の事なり抑もチラール内閣は其前のルヴィー内閣

に較べて一層平和の政略なりしこと世人の知る所にして就中フルーランの外交主義は務て

外事に干渉せざるを主眼とし此人にして外務の主任に當る間は歐洲の平和佛國より破るゝ

の憂なしとて諸外國の注目を受けたるの次第なりしも在職僅々五箇月に滿たずして政府を

退きたるは惜まざるを得ず現任外務卿ゴブレーの政略に至りても漫に佛國の國威を輝すに

汲々して大事を誤まることなかる可きは我輩の堅く信ずる所なれども曩にゴブレー内閣の

時に在りては其閣員に主戰を以て有名なるブーランジエイ將軍の如き人を納れ一時世人を

してゴブレー内閣の主權者ハブーランジーエイありとまでに言はしめたるの例より見るも

前任フルーランの政略と今後其趣を殊にするの理以て見る可し且つ内閣の首座たるフロケ

ーの其主義は前のチラールに比して活溌果斷なるが故に此人にして佛國政權を握るの結果

は前内閣よりも一段戰爭の危機を速むるの恐れある者なりとは佛國の事情に通じたる人々

の評論なり然るに斯る處に伊太利との關係も近來は倍々圓滑ならずして互に相忌むの形迹

少からず尚ほ此事に關しては次號に於て之を述べん    (未完)