「歐洲國際の關係」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「歐洲國際の關係」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲國際の關係

(前號の續き)

佛伊兩國の關係今日に於て甚だ圓滑ならざるの事例は一にして足らざれども暫らく其重な

る者を掲げんに豫て兩國の間に取結びたる通商條約の期限は昨千八百八十七年の十二月を

以て終りと爲し爾後これを其儘に繼續するか或は改正を加へて新規に締約す可きかは兩國

別に改めて相談に及ぶの筈なれども近來に至りては佛國の人心伊國を疾視すること甚だし

く兩國通商の事に關しても伊太利産の貨物には一層その税を重くして之を苦ましむ可しと

の論甚だ盛んなるより兩國通商條約の改正に際しても佛國は種々の苦情を申唱へ伊國に反

對するならんとは世人の待設け居たる所なりしに三月二十八日巴里發の報に據れば佛國は

果して通商條約に關する伊國の提出議を拒絶したりと云へり電報の旨簡易にして事の詳細

を悉すに由なけれども是より先に佛國政府に於ては伊國より輸入の生絲類に新に課税する

の議に决し一キログラム(二百六十六匁餘)に付生絲は一フラン(金貨二十錢)撚絲は二

フラン繭は二十五サンチム(金貨五錢)の割を以て既に去る三月一日より之を實行するに

至りたる其次第は本月十四日時事新報の雜報欄内に載せたる所なり然り而して佛國が何故

に斯く獨り伊國産の生絲類に課税するやと尋ぬるに一説に佛國は世人も知る如く絹織物の

製造を以て有名なれども今日多く其原料を伊國若くは東洋諸邦に仰ぐの不便あるが故に今

後は本國に於て養蠶業を奬勵し務て外國生絲を市塲外に驅逐す可しとの論に决し保護貿易

の第一着に取敢へず先づ伊國産の生絲類に課税したる迄の事にて兩國々際の怨を種子にし

斯る手段に及びたるに非るは萬々明白の事實なりと云ふ者あれども其論は兎も角も兩國の

關係何となく近來面白からざる其處に伊國々産の第一なる生絲に輸入税を徴課し若くは又

一般通商條約の事に關しても佛國より伊國の議を拒絶する類の如き决して兩國交際の圓滑

を助くる者とは云ふ可らず過日の時事新報にも載せたる如く伊國の總理大臣クリスピーが

議院に於て外交事件の討議に際し「予は今日迄歐洲大陸の問題に付ては何事も獨逸及び墺

地利に協同し將た海上の事に付ては總て英國と喜憂を共にするの政策を實施したり次に伊

佛兩國の友誼は今日の程度にて既に足れり尚ほ一層の友誼を顯はさんと欲するも能はざる

所なり云々」と述べたるは如何なる意ぞや通商條約すらも種々の苦状ありて改正の議纏ま

らざる兩國の關係は既に足るの友誼なりと云ふを得べきや且つ一層の友誼を顯はさんと欲

するも能はずと云ふの精神は兩國の交際圓滿缺くる所あらずして眞に親交の仲なりとの意

味にも聞えず其言外の言却て人をして解釋に苦ましむる所以の者關係の滑ならざる一證な

る可し是より先き二月十四日附を以て在墺國維也納の倫敦タイムス通信者が佛伊二國の關

係を論じて本社に送りたる通信に「今日に在りて佛國は獨逸を攻むるの機會なく獨逸も亦

佛國を撃つの釁〈ひま〉を開く能はざるの有樣なること歐羅巴各國の漸く知悉し來りたる

處なれども之に反して佛伊兩國の不和葛藤より延て歐洲の一大戰亂を釀すの恐れ之なきに

非ざるは不幸の沙汰なり去る千八百七十年佛獨の戰爭は佛國と西班牙との間に起りたる一

小紛議にて破裂したるの事例を想へば獨逸は伊國が佛國に對する今の擧動を利して多年計

畫の策を施行し得る望いなきに非ず要するに今後佛伊兩國の間には通商關税の爭なり將た

陸海軍の準備なり其一事一項仔細の注意なかる可らず」とあるを見ても交互關係の滿足な

らばるを推知す可し

右の如く列國々際の交渉に就て考ふれば種々入込みたる情實もあることながら爰に全歐の

形勢を總括して我輩の想像を附せんならばバルガリヤの紛議と歐洲戰爭の破裂とは其縁至

て近きに似て實際は未だ然らざる者の如し其理由を如何にと云ふに獨逸の政略は露國がバ

ルガリヤに對するの要求に同意を表する者なれども彌よ彌よ戰爭破裂に至らば露國を敵に

して墺國に與にするは豫て獨墺秘密條約に對するの義務たるに止まらず獨逸帝國眞正の利

害より斷じて此の如くならざる可らざるに今の獨逸は必ずしも露國に敵せず又敢て墺國を

も疎んせず巧に中間に立て雙方を彌縫し居る所以は畢竟戰爭の危機未だ切迫ならざるの致

す所なりと云ふの外なければなり即ち我輩一家の私設を以てするに

 第一、現今バルガリヤ事件に付露國の要求に賛成同意を表する者

   但し此賛成同意は平和手段の行はるゝ其間を限る者なれば戰爭破裂の曉には列國の

去就向背隨て變ずるの理を忘る可らず

 一方に露國 獨逸 佛國 土耳格

   土耳格は露國と反對の利害を有するに係はらずフエルヂナンドの在位を不法とする

の一段に至りては露國に同意を表せし者なり

 露國の要求に不同意を表する者

 一方に墺國(〓牙利〈ハンガリー〉之に屬す)英國、伊國、バルガリヤ國民

 第二、萬一戰爭破裂に至らず前記列國の去就は變じて左の如くならざる可らず

 一方 露國及び佛國

 一方 獨國、墺國、伊國

之に對して少くも局外中立を守るか或は獨墺方に同盟の見込みある者は英國及び土耳格

なり

然るに今日歐洲の形状たる其關係は尚ほ第一の處に存して未だ第二の局勢に移らざるの點

より見れば列國の交渉日々混亂を重ねて底止する所なきにも拘はらず戰爭の破裂至近に迫

らずと云ふの説或は實際に外れざる可し我輩は暫らく之を記して事の成行を他日に卜はん

と欲する者なり    (完)