「文明國の新聞紙配達法」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「文明國の新聞紙配達法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

文明國の新聞紙配達法

今の文明諸國に行はるゝ新聞紙配達に關する郵便法を見るに其注意の周到なる尋常一樣な

らざるものあるが如し盖し新聞紙が今日既に人間社會の必要品となりて一日片時も之を廢

すること能はざるに至りたるは今更論を俟たず新聞紙は智識を運播し民心を開導するの利

器にして苟も此利器に依らざれば政治談す可らず商工起す可らず人生居家處世の方向總て

新聞紙の指示に任ずるとも云ふ可き程のものにして其關係する所、極めて大なるが故に今

の世界に在て國の文明を談ずる者は必ず先づ指を其國新聞紙の發行高に屈せざるものなし

故に文明諸國の政府が新聞紙を民間に配布するの方法に就き特別の注意をなし大に其配布

の擴張を謀る所以のものは抑も亦説あり今の世界に於て國民に或る程度の教育を與ふるは

政府の責任なりとして政府の筋より法を設けて之を施すの義務あるか、果して然らば其教

育あるものは必ずしも學校の教育のみに限るべからず民間に智識を分布し人心を開導する

他の方便あらば是れ亦一種の教育として政府は法に依り之を行ふの義務ある可し此一點よ

り見るときは政府は其義務の一分として新聞紙配達の事に注意するも敢て不可なきが如し

即ち西洋文明諸國の政府が新聞紙の配達に關して何れも特殊の便法を設け大にその配布の

擴張に勉むるも畢竟これが爲めならんのみ我輩は今米英二國の郵便法の要を左に摘載して

讀者諸君の參考に供せんとす

米國にては郵便物を四等に分ち其種類に隨て各その量目賃錢を異にすること左の如し

 一等郵便物は通常の信書、端書、他見を憚る爲め封印したる書類、又は刊行物の附録た

るべき許可を得ざる摺物等にて賃錢は目方半〓〔オンスの記号〕(一〓〔オンス〕は凡我八

匁二分八厘)毎に二仙(一仙凡我一錢に當る)なりとす

 二等郵便物は新聞紙定時刊行物等にして目方一封度(凡我百二十匁)毎に二仙なり

 三等郵便物は書籍又は轉送(購讀者より他に轉送するもの)の新聞紙定時刊行物其他總

ての印刷物にして二〓〔オンス〕に就き一仙なり但し一包みの目方は四封度を限りとす

 四等郵便物は商品其他一等二等三等の中に含有せざる物にして一〓〔オンス〕一仙但し

一包み四封度を限りとすること前に同じ

 其他國會の命令に依り印刷したる公文書、國會の記事及び演説筆記、農務委員又は國會

議員の郵送に係る〓物類、其發行地の郡區(カザンチー)内に住する購讀者に配達すべき

定時刊行物、合衆國政府の公用を以て發する信書郵便物等は總て無賃遞送に屬するものと

又英國の郵便規則に依るに其種類に隨ひ量目賃錢の割合は左表の如し

       量目     信書賃錢     書籍賃錢   包物賃錢

               ペンス            シヱリング

   封度 〓〔オンス〕   片        片      志   片

      一        一          半        三

      二        一、半        半        三

      四        二        一、         三

      六        二、半      一、半        三

      八        三        二          三

      一〇       三、半      二、半        三

      一二       四        三          三

      一四       四、半      三、半        三

   一  〇        六        四          三

   一  〇二     以下二〓〔オンス〕 以下同上        六

   三  〇〇     毎に半斤を増す               六

   五  〇〇                           九

   七  〇〇                          一〇

             (一斤は凡我二錢に當る)    〔罫線略〕

 信書以下の量目及び賃銀の割合は右の如くなるが日々又は毎週刊行の新聞紙遞送の賃錢

は其目方に拘らず一枚半斤となし而して幾枚を一纒めとして包物とするも新聞紙に限りて

は尋常包物の例に依らず特に書籍賃錢の割合に隨ひ二〓〔オンス〕毎に半斤の増賃をなす

に過ぎざるものとす

右に記したる米英の郵便規則に依るに兩國何れにても新聞紙の配達に特別の便法あるを知

るべし兩國共に發行の新聞紙を配達するに私に鐵道汽船等の便を利用するは無論、或は發

行者の都合次第にて之を政府の郵便に托しても米國の規則にすれば新聞紙及び定時刊行物

は一封度(即ち我百二十匁にして通例六頁の指數を有する時事新報十四五枚の目方と知る

べし)二仙の賃錢にして即ち一枚(時事新報の目方を以て云へば)の賃錢一厘少餘に過ぎ

ざるの割合なり殊に定時刊行物を無賃にて其發行地の郡區内に配達する便法の如き米國政

府が特に新聞紙の配布方に心を用ふるの一端を見るべし又英國の法に新聞紙の遞送は其目

方の輕重に拘らず一枚半斤の定めにして之を纒めて包物となすときは特に之を通常の包物

と區別し二〓〔オンス〕毎に半斤を増すの特例あるはこれ亦新聞紙の配達を重んずるの精

神に外ならずして世界の文明諸國が新聞紙の配布に就て大に注意を要するの情は右二國の

例にて知るべし

扨近時世上の風説に政府にては現行の郵便法を改正するの議ありて其改正案の中には一週

間に一回以上發行の新聞雜誌は其發行地より三里以内の外は通常の信書同樣郵便局の手を

經ずして配達するを禁ずるの箇條もありと云へり我輩は其改正案の如何なる精神に出づる

やを詳にする事を得ざるが故に豫め可否を今日に議する能はずと雖も世人の知る如く今の

日本の新聞紙は之を西洋諸國に比して其發行紙數の寥々たるは國の文明の爲め甚だ嘆かは

しき次第ながら畢竟は其價の貴くして一般の購讀に不便なるが爲めにして其價の貴きは遞

送の賃錢紙價の全額若くは半額に均くして雙方合算すれば其價割合ひに貴きものとなるが

故なれば近來は樣々の工風に依りて無料遞送の法を設け稍や其不便を減じたるやの觀あれ

ども之とても蒸汽船車又は馬車等の便利ある地方のみに過ぎずして全國ともに其便に頼る

能はざるは我輩が全國の購讀者と共に常に憾みとする所なりしに今や突然郵便法改正の風

説あり若しも其改正案にして愈々世の説の如く新聞紙の遞送をば必ず郵便局の手を經過せ

ざる可らざるものと爲したらば發行者の不幸は勿論各地無數の賣捌營業人も一時に渡世の

道を失ふのみならず購讀者は無料遞送の便に離れて錢を費すこと多ければ自然に其數を減

じ全國到る處、新聞雜誌等の沙汰は寥々として文明の盛事復た見る可らざるの殺風景に一

變することならん經世の美事と云ふ可らざるなり又或る人の説に此事は日本の新法にあら

ずして獨逸に此法あり英米の如き放任主義の國は兎も角もなれども新聞雜誌に發行停止禁

止の制ある國にては發賣を禁ずるの際、電報の一令以て全國に配達を差留るの要あるが故

に常に郵便局の手に之を支配せざる可らずと云ふものあり是れ亦自から一説なり政府が新

聞雜誌の發行に就て斯程にまで頴敏なれば我輩は其配達を郵便に任して毫も不平を鳴らす

者にあらずと雖も唯忘る可らざるは新聞雜誌の發行も純然たる人の商賣なれば此商賣の利

を妨るなきの一事なり全國の配達を都て郵便局に托して其配達費は果して今の發行者の私

にするものよりも廉にして且つ便利迅速なる可きや若しも然らんには特に法を設るまでも

なく今日にても悦んで之を托することならん到底我輩の論旨は商賣の一點より發して損益

の外に見るものなし獨國法にても露國法にても之に傚ふて一切の配達を郵便局に引受け郵

便税を特に廉にして配達を特に迅速にして都ての取扱を丁寧にし又通俗にし毫も人に厭は

るゝことなくして四方八方に賣捌の道を弘むること正しく商賣人の商賣に於けるが如くに

して以て新聞社の營業繁昌を致すに足ることならば啻に不平なきのみか此方より局に懇願

しても配達を托せんと欲するものなり