「内閣總理大臣の更迭」
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時事新報に掲載された「内閣總理大臣の更迭」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政府は既に新に枢密院を設け、昨日の官報號外を見れば伊藤伯その議長に任じ、以下顧問官に任ぜられたる者
は大木喬任、川村純義、福岡孝弟、佐々木高行、寺嶋宗則、副嶋種臣、佐野常民、東久世通禧、吉井友實、品川
禰二郎、勝安房、河野敏鎌の十二氏にして、扨伊藤伯が總理大臣を罷めて、黒田農商務大臣が總理大臣( 榎本遞
信大臣は臨時に農商務大臣を兼ね)と爲りたるは、内閣更迭の著しきものにして、卽ち伊藤内閣が黒田内閣に變
じたるの出來事なれば、今後施政の針路は必ず大に變革する所ある可しと、朝野共に望を屬する所なれども、鄙
見を以てすれば或は此冀望の空しからんことを恐れざるを得ず。蓋し施政の針路は總理大臣一人の意を以て定ま
る可きにあらず。是非得失共に内閣諸大臣の同意一致を得て、然る後に之を實際に施すことなれば、如何なる國
の内閣にても時の諸大臣は必ず時の總理大臣と同意見ならざるを得ず。卽ち我日本國の内閣諸大臣も、昨日まで
は伊藤總理大臣と意見主義を同ふしたるものなれば、單に其首座なる伊藤伯が罷められて黒田伯の交代するある
も、他諸大臣の主義を一朝にして變換せしむ可きにあらず。故に今日このまゝの有樣にては、先づ以て施政に大
變動とてはなくして、依然たる伊藤内閣の餘流に浮沈するものと豫期せざるを得ず。但し總理大臣の更迭は尋常
一大臣の進退に異なり、或はこれより政治社會に運動の機を發して、大に内閣に新陳交代を催ほすこともある可
し。我輩が政府の新面目を見るは唯この新陳交代の日に在るのみ。
政府の機密は我輩の知る可きにあらず。況んや内閣の新陳交代、その發するの日にあらざれば其有無を言ふ可
らざるが故に、一切こゝに論議することを止め、其交代の有るにも無きにも拘らず、唯今日の黒田内閣に一言を
呈するものは、他なし、我輩は黒田内閣をして巧に政務を料理するの才を現はさんよりも、固く守て事を爲さゞ
るの勇あらしめんことを冀望するものなり。文明開化に不案内なる人民は政府の繁文を厭ふこと日既に久し。願
くば大に政務を閑にして大に政費を減じ、大に民の負擔を輕くせんこと、斯民の大願なれども、唯民利の一方に
偏して漫に癡言を吐く可きにもあらざれば、財論は姑く第二着に讓り、目下の急として繁文を省くの要を訴るの
み。政務の繁を省くときは吏員は減ぜざるを得ず。政務閑にして吏員少なし、政費減ずるながらんと欲するも得
べからず。是卽ち我輩が直に財政に向て喋々せずして、繁文云々を訴る由緣なり。抑も錯雜無量の政務中に居れ
ばこそ、其政務大なく細なく悉皆必要なるが如くに見ゆれども、假に身を局外に置き政府は姑く無きものとして
無一物の想像を畫き、爰に民利國益を謀るが爲めに政府なるものを作らんことを企て、勉めて事を閑にして繁を
避け、何樣にしても政府の責任として免かる可らざるものを引受けて之を行ふと覺悟を定めたらば、今日の政務
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓や、〓〓は必ず其多からんことを信ずる者なり。故に我輩は今度の黒田
*二行読めず*
〓の〓に注意して、才智を以て光を放たんよりも、〓〓爲さゞるを以て却て大に〓らんことを勸告する者なり。
〔五月一日〕