「女子敎育の氣風」

last updated: 2019-11-26

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時事新報に掲載された「女子敎育の氣風」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

今の女學校にて敎ゆる所の科目を聞くに讀書算術等の其外に英語、音樂、編物、縫取等通

例修むべき科目の中にありて猶ほ高等なる學校にては西洋流の舞踏を敎ゆる所もあり或は

乘馬の稽古をも科目中に入るべしとの議もありと云ふ盖しその氣風の向ふ所を察するに偏

に西洋風の交際生活の有樣を模擬するに急にして眼前に必用なる日本流の女工手藝等に至

ては却て之を等閑に付するの傾きあるが如し舞踏乘馬の二事は暫く置き英語音樂以下の物

に於ては之を女子學修の科目として學校敎科の中に加ふることは敎育上には敢て差支なか

るべしと雖も日本社會生活の現状と今の女子敎育の一般の氣風とを相對照し兩者よく相適

應して不釣合なきやと云ふに我輩は然りと答ふる能はざるなり抑も今の日本の敎育は其仕

組頗る整理して單に敎育上より見るときは其觀甚だ美なるが如しと雖も國民一般生活の有

樣より視察すれば其程度高きに過ぎ無數の貧書生をして高等の敎を受けしめ其業成るの日

に學者の精~と生活の方便と相背馳するに至らんとするの勢ひあるは我輩の最も憂ふる所

にして既に男子の敎育に一着を誤りながら今又これを女子に及ぼして顧みる所なきが如き

は智者の事にあらざるなり今後外人雜居の期は何れの日にあるや知る可らずと雖も兎に角

に日本社會の風習は日を逐ふて文明に赴くべきは自然の勢なるが故に女子敎育の一部とし

ては西洋風の交際生活に關する事項を敎ゆることも亦必要ならんと雖も本來女子を敎るの

趣旨は之れに普通一般の知見を授けて良妻賢母たるの資格を得せしむるに在り即ち先づ居

家の智コを養ふて一家の内を治め子弟の敎育を掌らしむるを專一として家外交際の事に至

ては寧ろその緒餘とも云ふべきのみ且つ今日、日本にて女學校に就學する者は如何なる種

族に多きやと云ふに上流社會の舞踏遊樂を事とするものゝ外は重もに中等社會の子女なる

に然るに日本の中等社會と稱するものは其生計さまで高尚なるにあらず薪水の勞は婢僕を

使役すべしと雖も衣服裁縫飮食調理等の事に至りては家の主婦たる者にて自から手を下だ

し又常に監督せざるを得ず况んや子を産み子を育し子を敎るに於て〓〓〓〓齷齪して夜中

安眠の時さへ少なし上流の交際優美にして樂しと聞けども之に參るの暇なきを如何せん假

令へ無理に閑を偸み得るも更に交際の錢なきを如何せん唯一家の内に蟄して忙はしく日夜

を消するの外ある可らざるなり中等家族の生計大凡そ斯の如しとして扨今の流義の學校に

學ぶ所の女生徒が他年卒業の後この種の家に嫁したりとせんに其有樣は如何なる可きや半

解の英語は能く良人と私語を通ずるの便に供すべきも實際の功用は徒らに舅姑の怪訝を買

ふに過ぎざることならん、ビアノの調べ風琴の吟み行雲を留め梁塵を動かすの妙手を有す

るも家に樂器の所藏なくして其技倆を試むるの機會なきを如何せん編物縫取の術よく人の

目を驚かすも兒女の衣服は誰れに托して之を縫ふ可きや况んや舞踏に於てをや况んや乘馬

に於てをや舞ふに衣裳なく乘るに馬なし細腰空しく閑却して柳に戯るゝの雙燕を羨み閨裡

の佳人却て脾肉の生ずるを嘆ずるの奇談を聞くにも至る可し辛苦學校に學び得たる所のも

のは果して實際に何等の用を爲すや唯敎育と生活と相背馳するの苦痛を感するのみにして

或は之を評して敎育過度の慘状と云ふも可なり唯愍然たるのみ我輩は固より今の女學校の

敎育を以て一概に實際に適せざるものと云ふに非ず往々實用の點に心付きたるものもあら

んと雖も唯概して其全體の氣風を見るときは之を日本社會生活の實際に適合したるものと

云ふ可らず畢竟その本を尋れば敎育論の由て來る所、居家の要に起らずして戸外交際上の

急に迫られて以て今日に至りしことなれば今の女敎の局に當る者は厚く此邊に注意して後

年善く人に交るの婦人を作らんより先づ善く家に居るの良妻を作り家事治まりて然る後大

に交際を開かしむるの用意專一の要なる可し(完)