「敎育の經濟」

last updated: 2019-11-26

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時事新報に掲載された「敎育の經濟」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

(一昨日の續) ドクトル、セメンズ原文の翻譯

第二即ち貴族富家の子弟を敎育するには殊に又政府の干渉を不可とす總て高等の敎育は一

切之を望むものゝ隨意に任せ政府は其設立維持の費金を拂はんとして人民より租税を徴収

す可らざるなり高等敎育は割合に僅かなる塲合を除いては贅澤に屬するものにして實地の

用は甚だ少なし今夫れ家屋を作るに一にして實用に差支なき處に三倍の美を盡すは主人の

奢りにして贅澤に金を掛くるものならんには政府が高等敎育に租税を用ふるは人の金を以

て贅澤を極むるに異ならず敎育の經濟を誤るものと云ふ可し

敎育と云へば其部門の何たるに論なく何かの目的ありて其目的を達すべき方便に外ならざ

れば苟も敎育を受けんとする者は多少一定したる目的なかる可らず今日學校にて敎ゆるも

のは多くは智識を以て心に充たすと云ふの趣向なれども何の目的もなくして只智識を貯ふ

るのみにては敎育の旨に背くものにして恰も倉庫に穀物なり道具なり或は製造の品なり猥

りに貯藏すれども其物品を實用に供する能はざるものに似たり智者は决して之を爲さずし

て先づ其物品の用を考ふることなる可し

今夫れ高等の敎育を受けて專門の學術を修めたる人物の需用は如何にと尋ぬるに何國も同

じく其需用は甚だ少なし若しも此種の人物の供給が當時需用の高より超過するときは學問

其物は如何に貴重なりと雖ども經濟上の價を失ふは必然の數にして商賣の間に物價の高低

を生ずるに異なる所なかる可し工學士或は鑛山士たるべき專門の敎育を受くるが爲めに學

校に入る人は七八年の時を消し數千圓の金を費して卒業したる後ちに假令へ一の職業を得

ざるとも借債に由りて財政を亂さぬほどの資産を有するものならざる可らずと勸告せんと

欲するも亦此理あるが故にして前に云ひし如く敎育は自から財を生ずるものに非ず何かの

目的を達すべき方便なれば生活に餘裕なき人民にして實際に用を見ざる智識を得んとして

金錢と歳月とを消費するは大なる間違なり其身特別の職業を改良して着々効を顯はすに足

るべき智識ならんには如何なるものにても余は之を以て眞正の敎育と稱すべし百姓をして

其土地よりして一層の収穫を揩ウしむべき敎育なれば即ち百姓の敎育なり大工をして今ま

でに立勝る家を作らしむべき智識或は理學ならんには是れ大工適當の敎育なり若しも之に

反して學問智識が多數の人民に此の如き結果を與へざるときには皆贅澤にして繪畫骨董の

類と擇ぶ所ある可らず然れば則ち政府が高等敎育に人民の金を費やすは人民の贅澤に向て

支出するものにして唯その形を敎育に變へたるのみ實際は書畫骨董を弄ぶに異ならざるな

世界何れの國にても多數人民に敎育ありて智識に長けたるは其國當時の繁昌富殖の比例に

應ずるものにして語を易へて之を云へば渡世の道易くして日々三度の食事を得るに左まで

困難を覺えず家内に在り或は學校に行き時間を智識開發の爲めに消過しても障なきほどに

至れば漸く敎育の事を語りて自然智識を得ることなり敎育果して人の智コを攝iするもの

なれば之を求ること甚だ善し種々樣々の勤勞に由り人々衣食の用足りて始めて其祈望を遂

ぐるを得べきのみ衣奔食走の人民にして豈に敎育を談ずるの餘力あらんや故に曰く人民は

貧乏なるが故に無學なり、無學なるが故に貧乏なるには非ざるなりと

余が此文を草するに當り偶々彼の大國なる印度人民の現状を記したる報告を得たり其中に

曰く印度は日にu々貧窮に陷りて殆んど底止する所なし又曰く印度の衰運を回へして其繁

盛を謀るには國の工藝を勸め殖産を勵ますを以て一大急務とす苟も今日の慘状にして續く

限りは自由敎育と云ひ政治改良と云ひ一切勞してuなかる可しと余が先年印度に在りて親

しく目撃したる事情に照らして今この報告を見るに少しも其誤りなきを信ずるなり

西洋文明の制度は政治の事なり敎育の事なり多年英國の強迫に由て印度に導かれたるもの

なれども今日猶ほ國はますます衰敗に傾き民はますます貧窮に迫まる其根本に溯れば日本

現今の政策は正に印度と方向を同ふするものにして只其間に異なる處は西洋の文明に傚ふ

て政體を入れ敎育を導くに方りて印度は強大文明の英國に強迫せらるゝ其代りに日本は人

民自から助長して其弊を蒙るに過ぎず斯る次第にして如何なれば印度よりも更に好き結果

を望む可きや

西洋の文明を買ふには錢なかる可らず印度は其費用に應ずる爲めに莫大不貲の負債を積み

利子のみにても年々揄チすること實に計る可らず此故に印度の人民は苛税厚歛の壓制に苦

み膏血を絞るも人民其者にuすることは更にあることなし唯幸なるは日本には未だ是ぞと

云ふべき外債なけれども今の如く外國制度の後塵を拝し自から稱して進歩なり文明なりと

する所の現状を續けんとして外に負債を作ることあらんには即ち印度の顰に倣ひ其二の舞

に疲るゝものにして此期に臨み前非を悔ゆるも甲斐なき次第なれば既に晩しと云はぬ前に

印度今日の經驗を鑑みて自からuする所あらんことこそ望ましけれ

余は固より日本の強くして盛ならんことを思ふて措く能はざるものなれども其強盛に赴く

や徐々に進んで自然の發達を待つの外なし經濟に賢こき政府の保護と注意に由りて人民の

工藝殖産の進むに連れ漸を追ふて成長發達すること余の切に企望する所なり衣食足りて始

めて敎育を知るべし無學は决して貧乏の本には非ざるなり貧乏こそ却て無學の本なりと知

る可し(畢)