「土地賣買の氣勢」

last updated: 2019-10-28

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時事新報に掲載された「土地賣買の氣勢」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

土地賣買の氣勢(前號の續き)

我輩は前號に於て土地を少數富豪者の占有に任ずるは經濟上社會上共に甚だ憂ふべきの次第なれば我國の土地所有者は目前一時の計算に迷はれて濫りに之を賣却するの非を論述せりと雖も人或は説をなして我國にては數百年來の慣習により富強の者が貧弱を憐むのコ心甚だ深く現に東北地方に至れば稍や著るしき大地主ありて數多の小作人を使用すと雖も其間柄は至て親密なるものにして啻に奴隷となさざるのみか恰も之を家族視して豊凶共に其喜憂を分つの常なり左れば今の小地主等が其土地を賣却して一朝大地主の手に委することありとても決して歐洲諸國の如き慘状に立到るの懸念、萬々無用なりと云ふもあらんかなれども是は昔を見て今を知らざる者の言たるに過ぎず在昔淳朴の時代には世事簡易にして人情も亦厚く貧弱を憐むべしとの一儀は儒教も説き寺僧も説き父老も亦之を教えて全國一般に仁愛の風を重んじたる猶ほ其上にコ川政府は恰も社會主義の政略を以て貧富の平均を謀り成る可く極貧者のなからんことを欲すると共に大富豪者の興らざらんことを勉めたるが故に若しも地主と小作人との間に爭議紛紜を生ずる抔のこともあれば政府の裁定は大抵小作人の勝利に歸し純理の外に立て人事の平權を保ちたるものなり然るに近來に至りては百事法律の理論を以て支配し人々相對の契約に於ても何か訴訟に及ぶの塲合に際しては渾てその證書の文面によりて法理を按するの始末なれば前日の如く政府の手心を以て處分する能はざるのみならず代言人なる者の頻に出没して理義を明かにするを職とするもの多きに至りたるより社會萬般の事は一々四角四面の規矩に從ひ優勝劣敗の趨勢漸く將に時を得んとして往昔の慣行風習は何時までも其効力を保持す可しと思はれず人文の進歩美なるに似たりと雖も前途を想像すれば却て轉た悚然たるものなきに非ざれば富豪者のコ心に依頼するが如きは永く望む可らざることゝ知るべきのみ

又或は曰く地主の小作人を苦しむること甚だしくして非道の取扱をなし法外の利を貪ぼることもあらんなれども小作人にも亦絶て之に抵抗するの方便なきに非ず即ち同盟罷工(ストライキ)を以てするときは地主も之に一着を輸せざるを得ずして彼是權衡を保つの妙機自ら其間に在りて存するなりとの説もあれども元來同盟罷工とは耕さずして地主を苦しむるとの義なり然るに地主は果して其耕さざるに辟易すべきやと云ふに決して然らず地主と地主との間には小作人同盟罷工をなすものあらんことを慮り各自の利益を保護せんが爲め耕さしめずして小作人を苦しむるの約束を結ぶ可し即ち從來甲地主の田地に勞働したる小作人が一朝不平を鳴らして其配下を辭するとせんか勞力は他の物品と異にして長く貯藏する能はざるものなれば勢、更に乙地主の許に至りて勞働を執るの外なかるべし乙は之を雇入るゝに當り其曾て甲に仕へて同盟罷工の擧動ありたるを知り豫ての約束に基き之を拒絶するが故に小作人は今や地主の同盟あるにより俗に所謂逆捻を喰はせらるるの趣となるべし斯て地主と小作人と互に白眼合の姿となるときは優勝劣敗の理またこゝに現はれ貧弱なる小作人は遂に涙を拂ふて富豪地主に降を乞はざる可らず此等の事例は歐米諸國は申すに及ばず近來我國に於ても亦漸く既に聞く所なれば同盟罷工の方便も未だ全く依頼するに足らざるなり、然らば則ち濫りに土地を賣却して富豪者に權力を歸するの不可なるは固より明白の事なりと雖も猶ほ一歩を進めて考ふるに今千圓の土地を所有するときは近郷近村の尊敬信用も亦これを共に附帶し來るものにして其價は啻に千圓のみに非らず恰も三千圓にも五千圓にも相當すべきなれども之を賣放して紙幣に換ふるときは尊敬信用は直ちに去りて所持の紙幣千圓は正しく千圓たるに過ぎず即ち人生の榮譽の點より觀れば三五千圓を捨てゝ千圓を取るものに等しく損得利害を思はざるの處置にして何れの點より察するも我輩は未だ土地賣却の可なるを發見すること能はざれば近來土地賣買の漸く流行せんとするの折柄我國の小地主等は偶々隣人の土地を賣却して一時富裕を装ふの外觀に惑はされ自ら其尤めに傚はざらんこと偏に勸告する所なり (畢)