「國會議員は無給たるべし」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「國會議員は無給たるべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國會議員は無給たるべし

我輩が來る明治廿三年に於て開かるべき國會に就ての所望は此程來の紙上にも陳ずる如く

地方の土地所有者中より議員を出し地主總代の心得を以て國政に參與せしむるに在り即ち

日本は元來農産國にして國の財産は即ち土地なるば故に人民參政の本意、果して其私有の

權を守るにありとすれば財産即ちその所有の土地を守るこそ第一の要務なれば先づ土地の

所有者より議員を出し地主總代の心得を以て國政に參與すべしと云ふにあるなり左れば國

會議員は全國人民の總代として國政に參し其私有の權利を守るの任に當るものにして取も

直さず銘々自身の利益の爲めなれば之が爲めに他より報酬を受くるの理あるべからず西洋

諸國の例に由るに國會の議員は全く無給なるものもあれば又は幾分の旅費手當等を受くる

ものもありて各國一樣ならずと雖も兎に角に銘々自己の私權を守る本分より視るときは議

員たる者は給料を受けざるを以て至當なりと我輩は斷言する者なり右は議員たる者の本分

より立たる議論なれども我輩の宿論の如く國會に地主總代を出して眞實土地の利害を代表

せしめんとするには彼の無責任なる時流政論家の出現を防ぐ事も亦肝要にして之を防ぐに

は議員を無給と定むるこそ第一の良方便なるべし盖し時流の政論家なる者は多くは舊藩士

族の末流にして身に財産を備ふるものとては少なく云はゞ政治を以て職業となし議論に糊

口するものなれば今もし議員に給料を與へ其所得案外に温なるものともなさば彼の政論家

は忽ち之を看て以て奇貨居くべしの思をなし紛々擾々その地位を熱望する其醜態の見るに

忍びざる其上に世間徒らに政論の喧しきを致して施政の不便も亦少なからざることならん

近來各府縣會の有樣を見るに議員中熱心の燒點はとかく常置委員の地位に集まりて其得失

を以て一身浮沈の分目となすが如き觀なきにあらず而してその地位には如何なる榮利のあ

るにやと問ふに唯一月數十圓の手當を受くるに過ぎず畢竟今の府縣會中には時流の政論家

ありて一月數十圓の手當、猶ほ無上の榮位となすが故ならんのみ今この事例よりして國會

議員に及ぼすに若しも其旅費手當等案外に温なるに於ては議員の地位は徒らに擾々たる政

論家が競爭の燒點となりて煩はしきに堪へざるのみならず終には其本旨たる財産保護の精

神に孤負するの結果なしとも云ひ難し國の利害に於て輕々看過すべからざる所なり故に若

し我輩の所説に隨ひ國會の議員は一切無給となし相應に土地財産を所有し眞に人民の總代

たる資格を具ふるものにあらざれば職に就くを得ざるものとなすときは時流の政論家は最

早これを爭ふの力なくして自然に事の圓滑を來し第一には人民代理の目的を達し又一つに

は一國施政の便宜ともなり一擧兩得半失なきの策なれば議員無給の事斷じて行ふべきなり

然りと雖も我輩は一方に向て議員の無休を望むと共に又行政官に向ても所望の廉なきにあ

らず抑も今の官途が民間羨望の府となりて人々之に熱心するものは既にその爵位の高きが

上にその所得も亦甚だ豐にして今日人民一般生活の低度より仰ぎ見れば雲を隔てゝ瀛洲を

望むの感あるが故にして其度の懸隔益々甚しきときは羨望の府、變じて怨望の目的たらざ

るを保し難し事の宜しきを得るものと云ふべからざるなり故に我輩は國會議員を無給にす

ると同時に今の官途の當局者も斷然その俸給を辭し官民ともに錢を論ぜず誠意赤心を以て

國事に勤勞せん事を勸告する者なり左あれ官吏中にても長官の指揮に從ひ只管事務に鞅掌

する小官吏は即ち一種の職業にして技藝に衣食するものなれば俸給を受くる事、勿論なれ

ども國事に參する高等政務官の位に在る人々は之と異なり其出所、素より技藝を賣るが爲

めにあらずして且つ私の計は如何と云ふに家道既に豐なる其上に或は華族の榮爵に列して

特賜の財産を得たるものさへある程の次第なれば更に之に繼ぐの恩給なきも衣食の道に於

て顧慮の煩あるべからず然らば即ち斷然その俸給を辭するか又は大に之を減じ官民ともに

唯一片の赤心を以て國事に勤勞するこそ千古の美談にして大丈夫得意の事ならん我輩の希

望して止まざる所なり