「佛國共和政治の運命」
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時事新報に掲載された「佛國共和政治の運命」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
佛國共和政治の運命(前號の續き)
次に現内閣員交互の折合を如何にと云ふに首相フロツケー氏が他の諸閣員に對する關係は決して圓滑なる者と云ふべからず如何となればフレシネー氏なりゴブレー氏なり其他の諸氏各々皆政治上には一己の意見を有し内心互に相容れざる所あるは無論の話しにして又各相下るべき人物にも非ざればなり左ればフロツケー氏が斯る聯合内閣を作りて自ら之に首領たりしは寧ろ偶然の出來事にしてフロツケー氏固よりゴブレー、フレシネーの諸氏を制するに力なきは當然なるのみならず現内閣は恰も首領なき同輩同士の政府なれば事に觸れ物に當りて閣議の纏らざるも明かなるが故に内閣は假令へ議院に於て能く多數を占るも閣員互ひの爭にて内に分離を來すの憂なきを得ず且今日迄の事例に照らすも佛國の内閣に一年以上の運命を保ち得たる者あらざれば今の現内閣も又この規則に外れずして本年以内更迭の報に接することなかる可きや疑はざるを得ざるなり
右の如くフロツケー氏の内閣も遠からずして更迭するは政權得喪の爭に於て致し方なき次第なれども現時佛國の人心は政黨内閣の變化繁きに倦んで漸く古の帝政を想ひ出し政府更迭の頻繁なる民權政治を快しとせざるの今日なればフロツケー氏内閣の敗北は又々國民をして共和政治に倦厭の念を起さしめ其民心の激する所遂に發して監督政治を促すなきを期す可らず而して斯る政治の變更起ることありとすれば其權を握る者は必ず國民多數の望を繋ぎたる軍人なるや明かなればブーランジエー將軍が此機に乘じて非望を遂ぐるの企も亦行はれ難きに非ざる可し若し萬一斯る事變もありとすれば恰もナポレオン三世をして今日に再生せしめたるに均しく佛國の政治或は帝政に變ずるの恐なきにも非ず此邊より觀ればフロツケー氏内閣の敗北は佛國共和政の爲めに不利なるが如くなれども又他の一方より考ふるに現内閣をして充分に其政略を行はしめなば内に在りては過激の改革を行ひ外に對しては果斷の政略を布くこと必然にして之れが爲め歐洲の平和を威迫するの憂亦少なからざるべし將た隣邦日耳曼に在りては今上皇帝病に臥すと雖もビスマルク、モルトケの諸臣之を輔弼し武斷政略に變更なかる可きは人の知る所にして皇帝陛下曩に陸軍一般に下したる詔書にも
朕は万父の遺業を享け軍事には限りなきの注意配慮を與へ以て護國の大義を怠る可らず
との明文もあり又皇太子殿下が去る四月一日ビスマルクの誕生節に會して席上の演説に
今の日耳曼は恰も三軍の師陳に臨んで元帥は戰ひに死し後嗣は重傷を負ひたるの姿なり斯る危急の際に在りては萬卒の目皆軍旗と此軍旗を荷ふ者の一身に聚まらざるはなし今や我日耳曼の爲めに此軍旗を荷ふ者は我大宰相なり大宰相は其好む所に從て號令せよ吾人は唯々其後へに從ふべし大宰相の壽命萬歳ならんことを祈る云々
要するに日耳曼の政略は老帝崩御の後と雖も外に對して其威權を屈せざるの主義なること明白にして即ち自ら稱して今や三軍の將其首を失ひ萬卒危急を感ずるの秋なりと云ふ其口氣尋常容易の者と思ふ可からず而して一方の佛國に在りてはゴブレー氏外交の衝に當りフレシネー氏陸軍の權を握り更に二世ガンベツタとも云ふ可き復讐主義のフロツケー氏が之を總理して日耳曼に向ふ者とすれば歐洲の平和は縱令へ之れが爲めに直接に破れざるも人心不安の思を爲して物情洶然たる可きは窃に我輩の信ずる所なり要するにフロツケー氏の内閣速に更迭すれば轉た内國の民心に共和政治を厭ふの念を起さしめ之れに反して永く政權を弄せしむれば外に對して釁隙を開くの恐れなきに非ざれば現内閣の運命は永く保つも保たざるも共に佛國の共和制に幸する者と云ふ可からず
次に佛國の政治社會に於て最大の疑問たるはブーランジエー將軍の股肱と聞えたるラゲール氏の提出したる憲法改正の爭にして前内閣の失敗も全く之を拒みたるの過ちなるが故に現内閣にして若しも其覆轍を免かれんと欲せばブーランジエー黨の請を入れざる可らずと雖もブーランジエー黨の憲法改正に就て唱ふる所は第一に大統領の撰擧を一般投票の法にするの論にして此議をして議院の多數を制せしむるときは佛國の政體は早晩變革の憂なきを得ず盖し今の憲法に於ては大統領の撰擧は始めに一般投票を以て國會議員を撰び國會議員が更に大統領を撰ふの二重撰擧なるが故に斯くては大統領の重職に全國多數の人望を繋ぐ可き人物を得ずして唯中間の國會議員等が恣に卑屈の徒を指名し之を以て己れの機關として社會大多數の人の利益を放棄するは今日までの實際にも明かなる次第にして即ち憲法其宜しきを得ざるの甚しき者なりとの論なれども表向の口實は姑く擱き内實の事情を解剖すれば今の復撰擧の法に於てブーランジエー黨の不利とする所は國會議員たる人々は孰れも多少の財産家にして社會の秩序を重んじ國の治安を祈ること切なると與に今の共和政治を維持して以て顛覆の憂なからしめんとの考へなるが故に將軍黨の如き非望を抱く輩は其志を達するの機會なきを視て斯る難題を持出したるものと斷定せざるを得ず此他ボナパート黨と云ひオルレアン黨と云ひ何れも王政復古を望む者のみなれども大統領の撰擧に於て二重投票の法あるが爲めに財産家に多數を制せられ自黨より候補者を出す能はざるは皆不平の原因にしてラゲール氏の動議遇々議院に勝利を占めたるも亦之に依る者なりとす (未完)