「佛國共和政治の運命」
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時事新報に掲載された「佛國共和政治の運命」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
佛國共和政治の運命(前號の續き)
佛國に在りては多數人民の希望と大統領撰擧者の利害と一途に出でずして往々反馳の勢あるが故に功名の念を抱く者は此釁隙を利して野心を達するの機會なきに非ずルイナポレオンが大統領改撰の期に際し議院に多數を制する能はざるを知て突然解散の令を下し同時に普通撰擧に訴へ大多數を制して十年間据え置きの大統領に撰ばれたる先例もあれども複撰擧の法に於てはブーランジエー將軍の如き功名家も容易に多數を制する能はざるの理なれば始めに先づ憲法を改正し單撰擧の法を設けて大多數人民の投票を買ふの手段を運らすこと大切なるべし將軍が此程其被撰區たるノール州の人民に告げたる旨趣書にも今の國會議院は國民多数の望に叶はざる者なれば解散して新規の撰任を要す云々の言もあり若し將軍の此言をして實際に行はれしむるとすれば其成跡は先きのナポレオンが議院攻迫と同一の結果を得て新規の大統領に撰ばるゝ者は必ず將軍自身なるべし是れぞラゲール氏が憲法改正の議案を國會に提出したる所以にして之に同意賛成したる者はボナパート黨及びロイヤリスト黨の外に彼の極左黨も亦唯政府に抵抗するの目的にてブーランジエー黨に連合し遂にチラール内閣の更迭を來したるに疑なきなり盖し急激左黨がブーランジエー黨に聯合したる所以は實は一個の希望を果さんが爲めにして即ち上院を全廢し獨り下議院のみを立法の府と爲さんとするの考より同時に憲法改正を必要と爲したる者なり再言すればブーランジエー黨は普通撰擧法を以て己れの功名を遂げんと欲し過激左黨は上院廢棄論を以て自己の主義を行はんとする其目的各々異なりと雖も互ひに相連合して温和共和黨に當らざれば以て多數を制する能はざるより偖こそ互ひに相結びて爲めにチラール内閣も斃れたるなれ
右の如く王政黨(爰に云ふ王政黨とはボナパート黨オルリアン黨ブーランジエー黨に論なく共和政府を斃し専治政府を設けんとする者を指すと知るべし)と急激黨と相連合して温和黨に敵對するは道理上に有るべからざるの話しなれども然れども勢力ある温和黨に當らんが爲めには右の連合も必要なりとして偖此連合の行はるゝ其程度期限を如何にと尋ぬるに顧ふに唯憲法改正を施行する迄の間なるべく若し夫れ憲法の改正を果して一は大統領の撰擧を單撰とし一は上院を廢棄する〓〓〓〓すれば各々其〓〓を〓したると同時に連合の必要も爰に消えて一は王〓〓〓〓せんとし一は今より〓〓〓なる民權政治を行はんとし再び〓〓相〓れざるの爭を生すべきは必然なり今日迄互ひに連合したる丈けは向後又互ひに〓離すべきこと理の免れざる所なれば斯る爭の起ると與に或は内亂の破裂なきを期すべからず而して此兩黨爭亂の犠牲と爲りて倒ふるゝ者は今の温和共和政府なれば佛國今後の政治社會は今後倍々多事ならんのみ畢竟今のフロツケー氏内閣の成立ち得たるは實は憲法改正の大任に當らんことを約したるが爲めなれば今後一方に向てはブーランジエー黨の歡を買ひ又他の一方には急激黨の助を假らざる可らざれども兩黨の希望に應じて憲法を改正すれば現内閣は直に其犠牲たるも睹易きの理にして若し又之れに反し兩黨の説を拒むの塲合に於ては忽ち敗北せざるを得ず何れにしても佛國の現内閣は非常困難の位地に立つ者なり
政黨政治も唯に施政の方針を爭ふまでにして其波瀾を政體の變更に及ぼさゞる限りには人事の停滞を防で政治機關の運轉を滑にするの効用少なからず英國に於ては自由保守の兩黨が政權を爭ふ其有樣は盛なれども君主政體を戴くの一事に至りては何人も之に異議あらず米國の如きも分權黨集權黨の其爭は激烈にして政權に汲々なる其熱情は熱しと雖も共和政府を覆へし帝王政治を建てんとするの考は何人の腦膸にも起らざるなり斯くありてこそ政黨軋轢も其害を貽す少なき次第なれども佛國の政治社會は施政の方針よりも只管政體の如何を爭ふ者にしてブーランジエー黨が其志を得れば監督政治行はれ、急激左黨が其勢を伸ばせば共産主義に勢力を得て今の共和政體は雙方孰れか一方の爲めに斃ふるゝを免れずして共産主義の其極遂に無政たるに非ざれば監督政治の其結果は君主簒立の世と爲るに至ること勢に於て避く可らず我輩は今後三五年を出でずして佛國の政治世界に一大變亂の起ることなかる可きやと聊か憂慮する者なり (完)