「法令を改むるに勇なり」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「法令を改むるに勇なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

法令を改むるに勇なり

第四十七號の勅令を以て改正醤油税則の發布ありたる次第と又其改正の全文とは既に時事新報の紙上に掲げたれば讀者諸君も亦之を閲覧して既に新舊兩則間に如何なる相違あるやを知悉したることならんと雖も今尚ほ爰に便宜の爲め改正條目の要點を數ふるに從來の税則に在りては其醤油なると溜なるとを問はず總て製成の道石高に應じ一石一圓の課税を爲したる者なれども新税則は大に改正を加へて醤油は製成品の原質たる可き諸味にのみ一石一圓の税を課するに止まり次で製造人が此一石の諸味より幾石の製成醤油を造り出すとも其は一切不問に附するの法なり溜は新税則に於ても從前の如く其製成石高に課税するは畢竟醤油の如く諸味の原質に就き一括りに其税を負はしむるの便利なきに出でたる次第ゆゑ措て論せず扨その醤油に對する新舊兩税則の輕重を如何にと云ふに一石の諸味にて通常六斗の醤油を製成し得る者と假定し新法諸味一石に一圓の課税は製成醤油六斗に一圓を課するの割合なるが故に此点に於ては税率重きを加へたるの姿なれども是は生醤油と稱する精製の品に限りたる話にして生醤油を製し揚げたる後ちの諸味に鹽剤を投合すれば番醤油と稱する下等醤油を作ること容易にして一石の諸味より何程の番醤油を得るとも此等は既に原質に於て納税の義務を盡したれば製造人は少しも其課税に苦むの憂なきなり再言すれば直接に諸味にて製成する上等醤油の税率は恰も一石一圓より進んで六斗一圓にまで昇りたるの趣なれども諸味間接の製品たる下等醤油は全く無税に變じたるの次第にして詰まり差引き計算すれば醤油製造人の負擔は新法の爲めに大に増したるにあらず是れ改正税則の其當を得たる第一要點なるが如し

以上は税率に就ての論なれども次に收税〓査の手順方法に至りては新税法は繁を省き冗を除き簡易の裡に其順序の整理したる者少からず例へば舊税法に於ては製造用の容器々械は使用前に一々之を官に屆け其他倉庫納屋に至るまで同じく屆出での順序を踏む可き規則にして就中搾り器械は不用の間は掛官の〓査を受けて之を〓〓〓〓用の際に一々申出でゝ〓〓を〓ふにも掛官の〓〓に非ざれば製造人は〓に之を處置する能はず或は年内製造見込の〓〓より其〓〓〓〓に至る〓〓都度〓〓〓の次第なれば〓〓〓の手數の煩はしき〓に〓外なりしと云へり殊に新税法に於ては生醤油番醤油たるに論なく總て製成の石高に課税する者なれば搾取後の諸味に鹽味を加へ一番二番と順次數番の下等醤油を作るにも一々收税官吏の出張〓査を煩はしたる其繁雜は平生製造人の苦情したる所なり又帳簿の調整に至りては曩に舊税法に於て原品の買入れ仕込み注文より金錢の出納人夫の出入其他何事に限らず營業に係る收支の計算は明瞭に之を帳簿に登記せしめて時々出張官吏の點〓を受るの法規なれども偖其帳簿は商家常用の大福帳若くは覺書の類にては不都合なりと云ふに依り西洋簿記の式樣に照して新規に帳面を附直す等同じ手數を二倍にして適々其手數に不慣れなるより更に幾倍の手間と費用とを損するなきにも非ず要するに舊税法の苦情は税額の重きが爲めよりも其手數の繁雜なるに在りしは明白の事實にして新税法は乃ち此繁雜を一洗し、製造人をして大に其利便を感ぜしむる者と斷言して蓋し實際に差支へなかる可し

不完全なる人事社會の常としては政府の法令も時に實地に適せざるなきを期せず其始め新法を定むるに當りては専ら鄭重愼密を旨として百年後の成行まで思慮することも大切ならんと雖も中途にして其不都合を見出したらば之を改むるに吝ならざるの勇氣なかる可らず即ち此點に於ては朝令暮改も咎むるに足らざる所以にして我輩は寧ろ其改正の〓々なるを祈る者なれども古來より施政者の癖として凡そ一旦布令したる政府の命は縱令へ實地に不都合あるも非を飾るの情に於て容易に之を改めざるか或は又然らざるも改正を實行するの決斷なく因循に事を放棄し絶て民間の疾苦不平を顧みざるは兎角免れざるの弊習なるに今回醤油税則の發布は全く之に反し製造者の利便を計り又收税の費用手數を減するの目的にて改正を加へたるは細目の論は暫く措て其大體は我輩の偏に贊成を表する者なり然り而して更に我輩の所思を開陳するに今の法令中にも其手數繁文煩はしくして彼の醤油舊税則の如き苦情ある者の有無如何を點〓し若しも之あるを發見したらば其改正を斷行するに勇なる猶ほ此新税則に譲らざらんこと當路者に對して切に希望に堪へざるなり