「日本鐵道論(前號の續き)」
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時事新報に掲載された「日本鐵道論(前號の續き)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
第八死傷
世人の米國鐵道を非難する者は其構造疎末なるが故に乘客に死傷多しとの一事を以て口實とするが如し例へば柵矢來の設け若くは踏切の法簡略なるより死人怪我人も多かる可しとの推量は一應其理あるに似たれども總じて鐵道の爲めに死傷する者は好んで自殺を爲すの
外は人々之を避くるに注意して往くが故に柵矢來若くは踏切の設けに縱へ簡略なる所あるも怪我人は其割合に揄チする者にあらず且つ米國の鐵道とても繁華の土地、人民輻輳車場交通の劇しき所に在りては柵矢來の設け嚴重なること決して英國に讓らずと雖も唯寒村僻邑人畑稀疎なる地方に在りて之を省くのみにして之が爲に別段の危險あるを見ず實地緩急の度合に依り之を設くると設けざるとは適宜の處分に拠ることならん今其詳かなる統計は得て考ふ可からずと雖も千八百八十四年中、米國紐育、マツサチユーセツトの兩州に於け
る鐵道死傷人竝に同年度間全英國鐵道の死傷人の統計を得たれば左に録して米國鐵道の死傷は割合に尠きの事實を示さんとす(就て言ふ米國の鐵道中紐育、マツサチユーセツトの二州を採りたるは他のゥ州の調査未だ成らざるが爲めなり)
國 名 英 國 紐 育 マツサチユセツツ
線路の延長 英里 英里 英里
一八、八六四 七、二九八 二、八五二
列車の數
輛 輛 輛
二七二、八〇三、二二〇 八五、九一六、六七七 三二、三〇四、三三三
旅客の數
人 人 人
六、〇四二、六五九、九九〇 一、七二九、六五三、六二〇 一、〇〇七、一三六、三七六
噸數
噸 噸 噸
九、〇四〇、九四二、〇八〇 九、三二二、五一八、五七一 一、二二九、三六八、四七二
死人
人 人 人
三一 一〇 二
負傷者
人 人 人
六八四 一二四 九二
旅客十億人に付一英里間の比例
死人
人 人 人
三、一五 五、七八 二、〇〇
負傷者
一四三 七〇 四二
一旅客死せずして旅行し得る線路の延長
英里 英里 英里
一九四、八九二、二五五 一七二、九六五、三六二 五〇三、五六八、一八八
一旅客怪我なくして旅行し得る線路延長
英里 英里 英里
六、九九二、六六二 一三、九四〇、七五四 二三、九五五、六三〇
右の表に據れば紐育州の鐵道は英國に較べて死人の割合較數多きやうなれども之に反してマツサチユーセツト州は英國よりも其比例遙に尠き計算なり而して怪我人に至りては紐育及びマツサチユーセツトの兩州よりも更らに英國を以て多しとせざる可からず勿論右の表は米國鐵道の死傷者は他國の鐵道に比して特に多しと爲す他の論者の非難を被るが爲め爰に之を示したる者なれども今假りに一歩を退き論者の説に從ひ米國の鐵道に危險多しとするも其割合旅行者十億人に付僅々死者は五人傷者は七名の割合なりとすれば社會多數人民の上に於て更に恐るゝに足らざるの數なるに尚ほ之を危險とするは杞人が天の落るを憂ふるに殊ならざるの愚のみ我輩の取らざる所なり
第九建築費
凡そ鐵道建築費の廉價なる米國を以て第一とするは無論にして此點に於ては如何なる論者と雖も之を爭ふ能はざる可し抑も我輩が米國の鐵道を日本に行はれしめんと欲する所以は美麗若くは利便の點は暫く措いて問はずとしても經濟の上に於て尚ほ之を得策なりと信ずる者なれば爰に去る千八百八十三年十二月三十一日の調査に係る英米兩國鐵道建築費の計算を示し以て我輩の論基を固めんと欲するなり
單線里〓 複線里〓 合計 以上の資本金 一英里平均費
英國
英里 英里 英里 弗
八、五七六 一〇、一〇五 一八、六八一 三、七七七、八〇八、三九五 二〇二、 弗
二二七
米國
ナシ 一一〇、四一四 一一〇、四一四 七、四九五、四七一、三一一 六二、 弗
一七六
右の表に據れば米國の鐵道は英國に較べて廉價なること一英里に付十四萬五十一弗の相違あるを見る可し畢竟斯る大差ある所以は兩國互ひに經濟上の状態を異にするに出でたる者にて即ち英國に在りては地價高ければ買上げに多くの費用を要し鐵道敷設の許可を得んが爲に國會議員に樣々の仕向方も大切にして其他踏切の規則暗合通信の法或は人道と汽車道との別を設くる等孰れも米國に較べて鐵道建築費を不廉ならしむるの原因なれども米國の不利uより論ずれば第一に鐵道建築に要する人夫の賃錢不廉なると第二に鐵道用材殊に鐵、鋼鐵の類非常に高價なると此二つは米國の比を以て論ず可からず然り而して鐵道の敷設に最も多額の費用を要する者は人夫と鐵材との二つなれば彼の英國の地價の高きこと國會議員に音物の費用との如きは輕重の差云はずして明白なるべし
英國の政治は議員制を以て鳴る者なれども一利あれば一害之に伴ふは免る可からざるの 數なるや現に英國に在りて總て事業を起さんには其議論必ず國會に出るが故に起業者は 其許可を得んが爲めに議員に財物を贈り其歡心を求めて議場に勝を制するの用意なかる 可からずと云へり左に示す統計は如何なる事實に基て調査せし者なるや其出所を知らざ れども米人エドワード ベーツ ドルセー氏の鐵道論中に去る千八百七十一年より八十 二年に至る出入八十一年間英國にて各種の起業者が國會に議案の通過を求むるが爲め消 費したる金額なりとて即ち
市府より出だしたる金額 一、二八九、七五七磅
鐵道會社水道會社より前同斷 四、六六四、八七四磅
運河會社馬車會社より同上 四一六、〇四三磅
港灣及び船渠會社より同上 三六二、五七四磅
以上合計金六百七十三萬一千二百四十八磅
之を弗金に直して
金三千三百六十五萬六千二百四十弗
以上平均一箇年に三百餘萬圓は國會議員の歡心料として消費する者なれば英國政治社會 の内幕も亦奇なりと云はざる可からず右の統計は固より本論には直接の關係なき者なれ ども鐵道論の序を以て議員政治にも奇事の行はるゝ一例を示すまでに掲げたるのみ(未 完)