「米國雜説六」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「米國雜説六」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

商賣主義の社會 高橋義雄

第三信用を重んじて之れに背くもの甚だ少なし 商賣上に信用の大切なるは今更改めて申すにも及ばざれども信用の行はれざる國柄の人は所謂信用の實際何程までに貴きや之を推測する能はざるの嫌なきを得ず盖し信用を重んずる社會にては人の信用を信用して更に其信用を他人に信用せしむるの順序なるが故に例へば何の誰某が今朝何時に來會して何萬弗を返却するの約あれば主人は更に其金を午後の何時に某銀行に渡すの約束を爲すこともある可し此塲合に當りて何の誰某が萬一違約の廉のありたらば如何、其波瀾は一人一處に止まらずして商賣上の行く先きざきに推し及び違約が違約を孕み破信が破信を産するの不幸なきを得ず斯くて一回違約すれば未来永劫の信用を損じて商賣社會に立つ能はざるが故に互に相戒めて其信用を重んじ手形を振り出すときは必ず先づ仕拂の目途を立て商品の注文を受くるときは愈々多くして愈々其品格を高め金の取引に口約束を爲して其間に紛紜を醸さず物品を預け又は之れを運送するに何の證據物をも取り遣りせずして聊かも不都合生ずることなく極めて瑣細の部分に渉れば廣大なる小賣商店、千種萬樣の商品を客の隨意に撰むに任せて番頭は遙か隔りたる帳塲に控ゆれども從來の經驗にて物品紛失の例甚だ稀なりと云ひ又街道の鐡道馬車には御者一人のみを用ひ車中に錢箱を吊し置きて客の自から錢を投ずるに任ずるものなれども曾て乗り逃げの沙汰を聞きたることなしと云ふ等世人日常の金融上にも尚斯く信用を重んずるの意味あるが故に况して銀行諸會社等金融の要衝に當るものは之を重んずるの趣も亦自から格別にしてニユーヨーク府の或る銀行にては一日田舎人の要求に應じて約束手形を仕拂ひたるが勘定方の誤りやありけん凡そ千弗ほど餘分なりし由にて田舎人は正直に金の返却を銀行に申入れたれども銀行は之に答へて本行にては創業以來金の授受に誤算を生じたるの例なければ金子御返却の儀は平にお斷り申すなりとて遂に之を受取らざりしと云ふ銀行の深意の在〓〓〓か〓窺ひ見る可きなり今東洋人の〓〓〓〓〓入〓〓〓と一人と〓〓〓〓〓〓〓其〓に〓〓〓〓〓見る〓〓の〓〓〓〓の〓〓〓〓〓〓〓〓〓愼しむ〓〓〓〓る〓〓〓〓の所〓〓〓す可き處なれども〓〓〓ん其人を集合して一個の社會を組み立てたる處にては商賣に違約多くして手形を用ふるの區域甚だ狭く銀行の役員が金錢上の非難を蒙り相塲所の仲買人が毎度警察官の手を煩はす等信用の何物たるを知らざるが如き形迹なきに非ず畢竟社會の諸制度の未だ整頓せざる處あるが爲めならんと雖ども從來世人の氣風として漫に商賣の事を卑み之を下流人の手に委したるが故に遂に其社會の公コを維持すること能はざりしものならん余は今敢て多言を用ひず今後東洋の新商人が人の爲め又我の爲め商賣社會の秩序の爲に一意其信用を重んずること恰も往時の元祿武士が忠義の二字を重んじるが如くならんことを希望するのみ

第四商業は堅固を先にして擴張之に次ぐ 近來日本にては續々新會社の發起ありと云ふ米國にては南北戰爭の後、獨逸にては普佛戰爭の後孰れも同樣の事ありしが是れは戰爭の其際に各業全く地に堕ちたるものが和風温氣の回復するに隨ひ一時に萌芽を發したるものにして成長の餘り急なるが爲めに中途にして枯折せしものも少なからざりし由、我日本にても數年以來異常の不景氣、事業萬端萎靡振はざりし其厄も除けて次第に資本の運動を生ずるに隨ひ扨てこそ近來新會社の續々發生したることなれ獨米前年の例に據れば其發生の甚だ急なる程に半途夭折の者も甚だ多きことなる可し俗に火事は江戸の花なりと云ふは參倒行は新日本の花とも爲る可きかなと平氣に人事を看過すれば誠に平氣なる可しと雖ども事業の重きに任ずる者は小心計畫せざるを得ず即ち新會社を組成するには其事務に就き從來の經驗を吟味し又永く其事業を取扱ひたる人物を任用し又其事務の性質に由りて之を少數金主の組合と爲すか或は多數株主の会社と爲すか其邊の事宜を考へざる可らず例へば銀行鐡道等の事業は一季にても半季にても其損uを報告して夫れ夫れ利uを分配することを得るが故に目前の利u配當を目當とする人々にても其株主たることを得れども土木或は製造業等の種類の中には其成功の五年十年に渉りて損uを目前に見る能はざるもの多く斯かる事業會社を以て之を多數株主の所有と爲せば永き年月の其内に株主中に異見もありて兎角事務者の肘を制するのみか事務者の深切にも限りありて實驗上不得策の廉少なからず米國などにて此種の事業を經營するものは何々&Brother’sと云ひ又は何々& Son’sと云ひ一家族父子兄弟の一手なるか或はCompanyと稱するも重もに兩三人の金主より成り立つもの多きが故に事業の成功長きに渉るも相談頓に纏まりて苦情甚だ少なしと云へり日本にては大金主の乏しきが爲め小數の人にて經營す可き事業を多數株主の會社にて發起するの塲合なきを得ざることならんと雖ども其發起者等は果して先つ此邊の事情を熟知して之に應ずるの考ありや如何、余の掛念に堪へざる所なり余つらつら日本の新會社の性質を見るに新會社は名の如く新奇にして從來未た經驗せざる事業を企つる者多く或は蠶絲業等の如く損u勘定の分明なるものは彼の利uの預言者が此事業には何割何分の利uありとて世間の金主を刺衝するの便なきが爲めか寧ろ之を避くるの趣なきに非ず〓して〓事業を擔當するものは多くは工學の新卒〓生〓して〓〓人物總て新奇なるが故に西洋老成の事〓〓〓〓〓〓〓事業を評せしめば當初は先つ其試〓として極々手狭に端緒を開き基礎の漸く堅固なるに及んで始めて之を擴張するの運びに至ることを企望するならん米國の諸會社などは孰れも此順序を以て發達したるものにして當初の資本は極めて少なく次第に利uの揄チするに隨ひ次第に其幾分を積み立てゝ會社を大盤石の安きに置き追て其事務をも擴張することなり今米國諸銀行の計算書を見るに中にもニユーヨーク府に有名なるケミカル國立銀行の如き其株高は三十萬弗にして本年一月の調査に據れば積立金五百四十五萬三千四百弗に上り百弗一株の賣買値段は平均三千五百五弗なりと云ふ其基礎の堅固なる果して如何ぞや我邦にては會社又は銀行などにて時として搖秤]々の沙汰あり是れは株主諸氏が其利uの配當を望むがまゝに多くの積立金を得るに由なく此際事務擴張を要するの塲合などありて事情已むを得ざるに起るものならんと雖ども若しも事業の堅固ならんことを望めば漫に利u配當の多きを期せずして成る可く其積立金を多くせんことを期し斯くて之を實際に運轉し追て搖箔ッ樣の効能を奏せしむるときは企業資本に對するの利uはますます加はり彼のケミカル國立銀行の如き結果を見るに至ることならん即ち事業を堅固にして然る後に擴張の談に及ぶものにして商業の順序は常に斯くありたき事共なり