「政略一變せざれば政費を省く可からず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「政略一變せざれば政費を省く可からず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政略一變せざれば政費を省く可からず

明治廿一年度の會計豫算に據れば我國庫の歳出は凡そ八千餘萬圓にして所得税は凡そ百餘萬圓なるを以て歳出の所得税に對する割合は八十と一との比例なれども千八百八十七年より八十八年に至る英吉利、伊太利、普漏西三國の豫算表を視るに英國は歳出八千七百餘萬〓、所得税千四百餘萬〓にして其割合は凡そ六と一とに當り伊國は歳出十八億餘萬リール所得税二億餘萬リールにして其割合は凡そ九と一、普國は歳出十二億八千餘萬マーク(非常歳出を除く)所得税三千八百萬マークにして其割合は凡そ州三と一との比例なり今之を對照比較するに我邦歳出の所得税に對する割合は英國より多きこと七十四倍、伊國より多きこと七十一倍にして現今軍備の擴張に汲々として軍費の莫大なるに世人を驚愕せしむる普國よりも尚お多きこと四十七倍の數を見る可し

我邦に於て所得税を實施したるは漸く昨年の七月にして日尚お淺く之を取扱う官吏も之を納むる人民も共に不慣にして事務未だ整頓に至らざる事〓もあらんなれば單に所得税のみを以て詳に人民の所得を〓して其貧富を斷ず可からず且租税は各國の習慣に由て其種類を異にし又其徴〓法をも異にするものなれば一概に外國の例を引て我國の事を證するに足らずと雖も日本の所得税を免がるゝ者は一年の所得三百圓以下に限り三百の數に〓するときは之を課する法にして一日に八十三錢餘の純益を得れば納税の義務を免れず隨分廣く細に行届きたるものと云う可し然るに之を集れば僅に百餘萬圓に〓ぎずとは即ち國民全體に貧乏の事實として視る可きものならん此貧乏にして國庫の歳出は八千餘萬圓とあり果して國の貧富に相應したる歳出なき可きや疑なきを得ざるなり抑も政費省略す可しとは目下殆んど與論の歸する所にして時事新報の紙上にも毎度これを論じ政府の當局者も〓に己の知る所にして彼の冗官を沙汰し繁文を省く等の旨は徃々發令の文面にも見えたりと雖も實際に其成跡を得ざるは何ぞや之を評して時勢の風潮に流さるゝものと云わざるを得ず政府の歳計と雖も吾々家計の私に異なることある可からず人生誰の財を愛しまざる者あらんや〓儉の要は常に之を忘れずと雖も亦一方には案内の衣食世間の交際など知らず識らずの間に存外の費用を重るが如く政府に於ても常に政費の省略を言いながら其省略中に文明の盛事は次第に新にして次第に錢を要し一時に意外の支出なきも細々の消費日々に積んで會計の結局に至り更に困難を覺ることある可し殆んど人の罪に非ず人〓世界の常とも云う可きものなれば斯る時勢に當りては我輩は家の主人に忠告して大に家政向の改革を促すが如く政府の當局者にも英斷を勸告せざるを得ず其方法の細目は他日の論に讓り爰に當局者の爲めに謀りて先ず心事の一轉を祈るものなり其大概を言わんに一夜客なく幽窓の下に孤坐し百般の〓〓を去て〓神を獨立の位に置き身外物なし唯日本國あるのみと悟りたらば此日本國を維持して内を治め外に交らんとするには政府なかる可からずとの要用を發明することならん〓に政府を想像し得たり乃ち之を組織するには法律なかる可からず兵備なかる可からず内治外交の主務なかる可からず會計の本局なかる可からず是に於てか諸省の要用を想像し得て其省務を理するに如何せんと云うに先ず長官一名を置て樣々の事を執らしめんとすれども其事務繁多にして〓も一名にては足らざるを發明するが故に附属の吏員を命ずることならん斯の如く想像したる處にて眞實國の爲めに政事と名く可き政事を理して毫も政事の要用の外に出ることなしと〓中に計算したらば政府に属する事務の數は何程にして之に任ずる人の數は幾名にて足る可しとの大概を得ることならん即ち想像の事務人員にして一度び此想像を畫き得て更に眼を轉じて今日官〓の實際を調査し想像の政府と實際の政府と相比較したらば其繁簡の差は如何なる可きや實際政府の事務人員を半にし又四分一にするも尚お想像政府の簡に及ばざる可し左れば今の現政府も初めより官吏のみある可きにあらず當初は政務の捨置き難きものあるが爲めに必要の官を設けたることなれども歳月を經る間に何時しか政務は政事の外に〓し官吏は執務の定員外に〓し尚お〓では官吏あるが爲めに却て政務を作るものさえなきに非ず即ち今日の繁文を致したる事〓にして十數年來漸次に生じたる其末葉の勢なれば僅に事の末葉を〓〓左右したればとて殆んど無益なる可きが故に大に爲すことあらんとするには日本國なる大本を想像し新に必要の政府を〓る覺悟を以て事の根底より一新の英斷なかる可からず政費〓〓の細論は毎度風聞する所なれども其無効は〓に多年の事跡に證して明なれば最早我輩は之に耳を傾けるを好まず故に今後若し當局者にして果して心事を一轉して面目を改る勇氣あれば祝す可き次第なれども然らざるに於ては我輩は國の爲めに他に大に謀る所なきを得ざるなり