「製〓權の疑問」
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時事新報に掲載された「製〓權の疑問」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
製〓權の疑問
國と國との約束にて商賣貿易の便利を計り預め事の全局を想像して細大の手順を設け後日に爭の起ることなからしめんが爲め之を明文に〓して其約を互換するものを〓商條約と稱するなり偖又〓商條約の明文に基き實地交易を開くに於ては錯雑なる商業界の常として意外の邊に又意外の事を生じて其事の處分を明文に訴えるも明文豫め能くこれを盡さざれば却て實際の紛議を助けて其爭の決せざることなきに非ず此時に際し事の理非を裁判し一刀兩斷の〓を下すものは國の主權に外なれざれとも歐米諸國の東洋に對する國交際に一種變則の趣ありと申すは彼の人民が自國の法律を携え來り〓ら其法權の下に居然として動もすれば正當の範圍外に〓出し以て他の權利を妨る一事なり故に雙方の交際上に何か事件を生じ時として條約の明分外に亘ることあるに當りても東洋國は毎に容易ならざる困難を被る者なり我輩の嘆する所なり
其一例を擧げんに〓商條約の明文として條約國の臣民は互に條約港に來徃居住して商賣に從事する權利あること勿論なれども謂ゆる商賣とは如何なる區域の内に在て又如何なる種類のものなるか判然たらず、各國條約の面に於ては或は「商賣上の目的を以て徃來交易を互約す」と云う文字もあり或は「産業を營み手工に從事するを許可すべし」との文句もあり又は「總ての商品を輸入し賣買し併に輸出する權利あり」など云う類その言葉と意味と大同小異にして要するに商賣の權を許可したる者なれども從來の條約文に於ては外國人が居留地に製〓業を起すを禁じたる明文もなく去迚又公然と其權利を與えたる特許もなく許否共に漠然にして一語の之に及ばざるは最初條約を結ぶ際に雙方孰れも心附ずして洩したるものならんと云う然りと雖も我輩が假に西洋諸國の爲めに代言して〓商の目的は元來兩國の商業を擴張するに在る者なれば製〓も〓商中の一部門として之を營むに〓して不都合ある可からず日本の生絲を買出して歐洲に〓り再び之を絹織物に製して日本に〓り戻すも或は横濱に工塲を設け日本内地に捌く丈けを捌て他は原料の儘若くは製品として西洋に輸〓したらば雙方の利益この上もなきことならん或は日本には〓來洋服の流行盛にして羅紗の需要甚だ多き由なれども羅紗は舶來の製品にして〓々西洋より取寄するは不便なるのみならず服地縞柄の不向きもありて殊に濠洲其他南洋諸嶋の羊毛を一旦歐洲に〓搬して又々其〓品を日本に〓り來るは〓賃の損失亦少からざるが故に濠洲産の羊毛を直に日本に輸入して日本の内地に羅紗製〓を營むとすれば日本人は廉價にして品質の上等なる洋服を着し得る利益ある可し一歩を〓き前條の絹織物は直接に内地の製〓者と競爭して之を壓倒せんとする嫌あれども羅紗製〓に於ては元料なり器械なり若くは資本職工まで悉く之を西洋より取寄せ一物も日本人に〓惑を掛けざるのみか製〓所を起すべき居留地には治外法權行われて恰も本國に居るに殊ならざれば製品を西洋より〓り來るも或は元料を取寄せ日本に於て之を製品に改むるも五十歩百歩共に大相〓ある可からず云々の口辭を設け日本の税權封權の外に立て製〓業を計るとすれば其結果如何なるべきや同じ治外法權の一國なる支那に在りては五六年前日耳曼の商人が上海の居留地に絹織物の製〓所を起さんとして右の如き口實を挟み〓々支那政府に要求し特に日耳曼公使ブラント氏は其間に周旋して外國貿易の爲めに開きたる居留地なれば貿易用の製〓所を建つるは外人の權利なるべしと主張し數回の掛合に及びたれども總理衙門の堅く執りて之を聽かざりしが故に其事中止となりたるは豫て我輩の知る所なりしに先頃の報に英人グラントなる者上海の〓傍に於て木綿紡績の業を起さんと欲し株を募り土地買入に着手せんとしたるに支那〓〓は北洋〓商大臣の令を受け之を差止めたれども未だ全く結局に至らざる由を聞けり此に類する事は獨り支那に限らず〓に日本に於ても一昨年中外國人が府下築地の居留地に在て〓酒釀造に着手し又新潟の支那人が同一の手段に依て一時内地の〓酒家を苦めたる事ありしに當時孰れも其國々公使領事内々の計らいにて彼等自身に癈業し幸にして表沙汰に至らざりしも此際若しも北京駐在の日耳曼公使が上海に絹織物の製〓を起さんとしたる自國の商人を庇〓したるが如く我國駐在の外國公使領事に其邊の考ありたらば事の結局斯くまでに〓〓ならざりしは我輩の信ずる所なり而して今後外國貿易の〓次第に錯雑して利害の關係多端なるに至らば外國人の公然來て我居留地に製〓所を起さんとする者もあらん或は又内地の商人にして利の爲めに起て助くる者もあらん斯くて其趣入紊れて時に表沙汰の談判あるに際し偖製〓云々の文字は條約の文面に明瞭ならず即ち爭の起る所以ならんなれども今の國交際は〓實を以て己れを屈すべき時〓ならねば條約文に製〓云々の文字なきは乃ち外人は居留地内に自由製〓の權なき證據と看做し之を許すと許さざるとは唯一に日本國の利害如何んに訴えて斷じて之を行う〓心は豫め當局の人の方寸中に存せんこと我輩の祈る所なり