「行政處分」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「行政處分」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

行政處分

文明の法律は人の意志を問うべき限りにあらざれば如何なる趣向を目論むにもせよ其行爲の形に顕われ、顕われたる行爲の法律に抵觸せざる間は〓して之を咎む可からず〓ち思想の自由是れなりと雖も日本には行政處分なるものありて行政上の都合により其行爲の法律に〓反せざるものも徃々意志の在る所を〓度して臨時の處分に及ぶことあり例えば無一錢の少年輩が海外に渡航せんとて旅行免〓の下付を出願するに當り中に兵役忌〓者と疑わしきものは其筋に於て仔細に身元を取調べ次第によりては渡航を差止むることあり又〓來日本婦人の海外にありて醜業を營むもの多きが爲め婦人の海外渡航は特に嚴重に吟味をして旅行の目的その他充分懸念を要せずとの證左あるに非ざれば容易に免〓を下付するに至らずという又會社法とてもなき今日なれば殊更に〓意を加えるものと見え會社銀行等の創立に際しては其資本金は幾千にして發起人の身元は如何事業の順序は如何などゝて詮議の上にも詮議を加え一〓りならざる手數を經〓して而る後始めて許否するものゝ如し〓くは三池炭〓拂下の折にも買受人が愈々之を買受けたる後その事業を繼續する資力あるものに非ざれば輕々しく落札すること能わずとて仔細に其身元を取調べたりと云う蓋し海外渡航と云い會社銀行の創立と云い炭〓買受と云い何れも法律に背きたる所行には非ず正面より之を見れば望み次第渡航せしめ創立せしめ買受けしむる外なき所なれども特に此等の吟味をなす所以は他に法律以外の事〓を顧みるが故なるべし思うに只管法律の正面に隨て規則〓りに〓行するは文明の〓歩に利あるが如くなれども數百年來の慣行もあり又實際の必要もあるべければ臨時に行政處分を施すも或は今日に相應ならんとの説あり其當否の議論は姑く〓き爰に我輩の所望は顛末不揃の病を〓けんことの一事にして〓に一方に於て此等の吟味をなす上は他に向ても亦同樣ならんことより願わしけれ例えば前〓に會社銀行等の創立に身元調の綿密なるにも拘わらず他の一方には何々商會など稱して市中に盛なる店を張り手廣く外國の品を賣り又時としては外國の人を雇いて之を使用する等〓分資本を要する事業を營む者もあるよしなれども其主人たる日本人の正味の身元は必ずしも本來の大資本家にあらず其身元と其事業と甚だ不相當にして人を驚かすもの多しと云う又都鄙に地所を買入れ西洋館を建築して雇の外國人に住居せしむる者あり又或は其地所に學校を建築し會堂を設けて文を教え〓を説く者あり而して邸地内に住居し出入する洋人は校主の雇いたる英學教師なりと云う校主は果して如何なる富豪にてあるに、地所建物に大金を費したる尚お其上に〓多の外國教師を雇入れて其給料も少小ならざる可きに能く之に堪えて之を維持するとは表面こそ見て感心の至りなれども其裏面に或は疑う可きものなきを期す可からず左れば今の日本國民にして商賣に學事に外國人を雇入れたる者には〓分身元の疑わしき事〓も少なからざるが故兎に角に行政の處分を以て篤と之を取調べ若しも其際に曖昧なる跡もあらば法律に照らして斷然の處置もあらんこと冀望に堪えず天下の公法は私の便宜〓實に由て〓ぐ可らざるものなればなり

右の如く論じ去ればとて我輩は本來行政處分の擴張を望むものに非ず否な其處分の大に流行せざるこそ文明政治の爲めに祈る所なれども彼の海外渡航又は會社創立等に就き身元調は止むを得ざる臨時の處分なりとして〓に之を施行するからには身分不相應の家屋會堂等を建築して商賣の爲めには外國の商人を使用し學事には外國の教師を雇入るゝが如きも亦共に身元調の要なきを得ず或は之を不用なりとして癈せんか一切之を癈して不問に附す可し或は不問に附す可からざるか其事の性質に於て同樣なるものには同樣の處分を施さざる可からず二者その一に居らんこと我輩の今日に望む所のものなり