「國交際は人民の交際なり」
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時事新報に掲載された「國交際は人民の交際なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
國交際は人民の交際なり
我開國三十年來社會の事物都て舊〓を脱し日々に改〓の〓に就くが如くなれども其實は唯舊習慣を破壊するのみにして未だ新面目を開くに至らず恰も全面の〓覆騷亂とも名く可き有樣にして宗教の如きも無論騷亂中の物として見る可きものなれば今後その變〓の如何は識者の常に〓目する所なり日本の宗教は古來佛法にして其民心に入るや日〓に久しく容易に破壊す可きに非ざれども二十年前政府の改まりしときに政治上の權を執りし者が兼て淡泊なる士族の一流にして然かも儒流の末孫なるが故に佛法を度外視して其癈滅をも憂えざる程の氣風なりし恰も其同時に神〓なるものが少しく宗旨の色を装い佛法の〓に乗じて傍より之を妨げ無事に慣れたる〓侶は政府に友を失いて法教に敵を受るの姿にして大に狼狽し苦心少なからざる折柄外國の交際は維新と共に大に開けて隨て耶蘇教の宣教師にも渡來する者を〓し是亦佛法の領地に侵入するものなれば佛法の地位ますます安からずと云う可し然るに〓年は政府の佛法に對する氣焔も大に鎭靜し又彼の神〓も本來宗旨を名く可きものにあらざるを發明して神佛の間に軋轢も減却して内國の事〓のみに就て見れば先ず佛法の小康なれども何分にも萬物〓覆の空氣中に在て國民信佛の心を維持す可きや疑なきを得ず左れば今日この宗教を癈すれば全國中等以下の多數は無宗旨の人民と爲る可し經世の不利これより大なるはなし又西洋傳來の耶蘇教は其教師の熱心勉強と其布教の資本に豊なるが爲め年一年に信徒の數を〓して次第に盛なるが如くなれども布教の日尚お淺くして之を佛法の廣大なるに比すれば固より見るに足らず唯前〓の望は空しからざる可しと云う可きのみ
左れば今日我國の宗教を視るに舊來の佛法は維新の創痍纔に癒えて未だ其生力を回復するに至らず新渡の耶蘇教は健全無病なれども其力を伸ばす所甚だ狭く、顧みて社會の面を〓覧すれば民〓は〓覆騷亂の中に居て其德心の歸する所を知らず此時に當り宗旨の妙法功德を以て衆生を濟度するに非ざれば後世我國の〓命に於て恐る可きものあるや智者を俟たずして明なり我輩は素より教義の正邪を知る者に非ず論ずる者に非ざれば佛と耶蘇を孰れをも輕重するに非ず唯その布教の局に當る者が自から私德を脩めて人を導き誠意誠心以て斯民を其未だ無宗旨の惨〓に陥らざるに救わんことこそ一大緊要時なれば能く此目的を〓する者は佛耶何れにても苦しからず其勉強に一日を空うせざらんことを祈るのみ然るに爰に不幸なるは我條約改正の談判成らずして今や我國民は現行の舊條約を守る外に外交の〓を得ざるものなれば此一事或は耶蘇宣教の累を爲すことなかる可きやと我輩の竊に恐るゝ所のものなり抑も外國の交際を開き其交際に條約の明文を守るは理の當然にして之が爲めに何事にも影響する所なかる可きに似たれども裏面の人〓は又大に然らざるものあり本來我國人が外國の人を嫌忌せずして常に之を親愛するは固有の性質にして殊に德行一偏の宣教師の如きは其宗旨の信心論を外にしても其人の高德品行を景慕して之を尊重し、之れを尊重する餘り時としては俗世界の條約法律に少しく〓反の嫌あることにても教師とあれば先ず之を不問に附し官も民も諸共に知らざるが如くに看〓したる事〓なきにあらず例えば前年は宣教師も居留地内に閉居したるものが〓來は漸く内地に入る方便少なからずして其ぞれに入るや或は日本人に雇わるゝと稱し表向きの手數さえ首尾を得ればその上は自由自在に旅行し止宿し又住居し時としては盛に學校を開き會堂を建築する等殆んど隨意に〓動して常に日本人民の厚〓を受けざるはなし畢竟教師の德義の温厚高尚なると我國民の外客を親しむ〓に由て然るものと云わざるを得ず殊に我日本人は條約改正の成るを〓きに期し西洋諸國と對等の條約を結んで〓々内外人の雑居となる可しその時には耶蘇宣教師の内地に入るは無論の事たるが故に今にして少しく早く入るも五十歩百歩これを論ずるに足らず夕七時に案内したる客が六時に來るに等しく主客の意相投すれば其時を誤りたるこそ却て主人の悦ぶ所なれとて一切萬事不問に附するのみならず益々我滿足を致したるものなり即是れ外國の宣教師が今日に至るまで我日本國に於て其〓動を自由にしたる内〓にして〓に耶蘇教の利益のみならず我國民こそ其澤に浴したることなれども如何せん政治上の齟齬よりして今日は圖らずも我官民共に殺風景なる條約の明文を墨守する事〓に〓られたり左れば宗旨の事は今正に日本國の大問題にして識者の最も憂る所なれども政治上の故障の爲めに〓に耶蘇の布教にまでも多少の影響を及ぼさんとは〓憾に堪えず本來國交際とは雙方人民の交際にして政治の要は唯その交際を圓滑ならしむるに在るのみ我人民は〓に外國の人を厚〓して外人も亦我れを信親し殊に宣教師の如きは本來他心なし〓く異〓に來りて千辛萬苦、その目的は唯この憐む可き衆生を導かんとする一念あるのみにして我國民も其誠の在る所を知り仰で以て恩人と認むる所のものなるに政治上の間〓は〓德の〓動を自由ならしめずして雙方人民の交際に失望を催ほしたり故に我輩は飽くまでも在日本の外國人を厚〓し新親して心に舊時の〓交を變改せざると共に其本國の政略に就ては聊か不平なきを得ざるものなり