「ヘラルド新聞の條約改正論」
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時事新報に掲載された「ヘラルド新聞の條約改正論」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
條約改正談判の中止に付き其責の歸する所を尋れば外形に於て日本に在りと云ふも其裏面は則ち然らず詰り多年の談判は成る可らざるの談を談したるものにして遂に漸く實際に迫りて中止の姿を現はしたるものなりとの次第は過般來我輩が毎度論ずる所なれどもヘラルド新聞は事の情を問はずして外形のみに付き中止の原因は外國に在らずと云ひ放して無頓着なるが如し本來我日本國人は主として改正を求るものなり然かも我れより多を求るに非ず之を喩へば我れは買はんとして外國は賣らんとする其間に到底直段の高きが爲めに不本意ながら暫く新調を中止せざる可らざるの今日に至りしのみ諸外國政府が世界普通相應の價を申出すならば我々日本國民は明日にも相談す可し品物引取の用意は既に調ふたるものなればなり
又ヘラルドが時事新報を評して前節の惡しきを知りて説を變じたりと言ふは最も解す可らざる所にして何を證據にして斯る言を爲すや新報は曾て變説したることなし、思ふにヘラルドは新報が現行條約確守と聞いて是れは大變なり日本の重立たる新聞中の一が攘夷論を唱へ出したりと狼狽して前後の文章も熟讀せず文意をも玩味せずして自家の意を以て他を迎へ新報の論は惡しと一筋に思込みたることならんなれども新報決して攘夷家にあらず不肖ながら友を友として之に交るの德心は失はざる積りなり年來我日本國をして不平を懷かしめ今尚ほ其不平の散せざるが原因は在日本の外國人に非ずして日本政府と外國政府との間に存在する條約なり而して此條約を改むるに公平の手段を拒むものは我が友に非ざるなり故にヘラルド新聞にても現行の條約を公平なりと妄信して其改正を拒むの意あらば新報は直に其筆敵たるに躊躇せざる可し但しヘラルド記者も又老成なれば其友を友として友と友との交際を妨る今の條約を敵視する者ならんと我輩の深く信ずる所なり