「外に交るには内に省る所ある可し」
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時事新報に掲載された「外に交るには内に省る所ある可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外に交るには内に省る所ある可し
税源を求るに汲汲として新税法を設るよりも繁文を除て吏員を減し以て政費を省くに若かず、政府の法は國民の頼みにして私の生計を營む所のものなれば明白なる利害に迫るに非ざれば容易に之を變換す可らずとは我輩一家の私言に非ず天下の識者にして之を言はざるものなし右は唯内治に關したる議論の如くなれども頃日我輩が外國の學士某氏に逢ふて語次條約改正の事に及び改正談判の今日に至りしは誠に遺憾至極なりいよいよ是れが六ケ敷きことならば治外法權云云の談は姑く擱き、せめて海關税則だけを本條約より引離して税權を我專有に歸したらば聊か以て我民心を慰るに足る可し云云の旨を語りしに氏の言に云く余は素より商人にあらず多年日本に在留して恰も當國を第二の故郷として只管日本國民の利益のみを謀るものなれども諸外國の政府が日本の貿易に就き其關税法に干渉して容易に權利を捨てざるは自から其理由なきに非ず日本人は知るや知らずや當國政府の財政は豊なるものに非ずして賦税に汲汲たるは近來新税法の頻りに發布するを見て測量す可し又その頼み難きは時時税法の變換追加等の多を聞て是を卜す可し抑も外國の商人等が日本に來りて貿易するや今日と爲りては非常の奇利あるに非ず投機者を除くの外は尋常一樣商法の定則に從ひ錙銖の利を細細重ねて永遠の成功を期するものなるに今海關の税則權を擧げて日本人の手に一任するときは外商の爲めに不安心なるもの少からず今日日本人の言を聞けば自國に税則權を取ればとて無法に關税を課するが如き小兒の擧動を爲さずと言ふと雖も之を内治近年の事例に照らし見れば其言も遽に信ず可らざるが如し第一近年の如く政府が内國に新税法を設けて歳入を増さんと熱心する其時に當り海關の税則權を握りたらば是れぞ屈強の税源なれとて如何なる税を課するやも測る可らず外商の身と爲りては甚だ恐る可き次第なり又關税は一概に騰貴することなしとするも日本の財政上に行はるる法は鐵石の如く堅固ならざる習俗にして其習俗に慣れざる外國人の眼を以て見れば何分にも安んずるを得ず余が聞く所を以てすれば公債證書は毎年七分の利を拂ひ元金は二十五箇年の間に償却するとの約束なりしものが今は一時に元金を拂戻されて之を他の證書に易へんとすれば五分利のものと爲り其間に二分の失望を催ほしたりと云ふ又酒税なり煙草税なり醤油税なり賣藥税なり凡そ此種の新税は幾度か其課法を改めて併せて税率をも上下したるよし又日本の新聞紙を飜譯せしめて其大意を見るに某地方に製鹽の新規則を施行し或は相塲所の法を俄に改めんとして之が爲めに容易ならざる難澁を被り非常の損害を受けたる商人もありと云ふ余は其内情を知らざれども之を要するに日本の商人工業者は恰も運を天に任せて幸不幸の到來を待つものの如し斯る全體の習俗にして海關税の如きも其間に浮沈し兼て高しと思ふ税率は俄に下落することもあらん是れは至當なりと認めて輸出入の商略を運らす其間に或は内國の製造を保護すると稱し或は何何品の濫出を防ぐなどの時論よりして不意に税率を引上るが如き變化もあらん斯る變化に追廻はさるる外商の不幸は如何ばかりなる可きや彼等は生來その本國に在て堅固至極なる政法習俗に慣れたる者なれば商法の上に聊かたりとも不安心の廉あれば之を恐るること甚だしく之を酷評すれば憶病とも云ふ可き次第にして今日の事態にては海關の税則權を日本の專有に歸せんとするも或は不同意を陳ることならん云云
以上は外客一席の談にして其言ふ所盡く中れりとも思はれず我輩に於て隨分辨明の法なきに非ざれ共兎に角に外交の要は信を示して重きを爲すに在るが故に今日既に交通至便の道を開き内國の萬事萬物忽ち世界の耳目に觸るるの時勢と爲りては其信も唯外人に對する塲合のみならず常に内國人に直接する内治の事項に就ても確實不變を專一とし日本國の政法習俗は堅固なり頼む可きものなりと世界一般をして先づ日本を信ずるの心を懷かしむるは實に國事の急なる可し條約改正に就ては外人の信用を得んとて法律の改良并に監獄署の事など大に面目を新にしたるものあれども商賣上の信用に付ては官と民との間に未だ著しき改良を見ざるが如し遺憾なりと云ふ可し况して法律監獄等の改良は稀有の要用に供するものなれども商賣上の信用安心は時時刻刻の要にして外國人は却て此方にこそ切に注目することならんなれば我政府が内國民の私有を重んじて政府たるの信を堅くするは間接に外交政略の一大緊要事として視る可きものなり