「國會奇談」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「國會奇談」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

筑陽生 寄稿

二十三年に國會を開き數百名の代議士を召集して國家重要の諸件を諮問するは日本開闢以來初ての珍事にして全國各所より思ひ思ひの議員を出し一堂に會して討論せしむる次第なれば先づ其大體は政府方民間方の二つに分れて政府方にも敵あるべし民間方にも裏切起りて議塲は五分六裂の姿を呈し極めて騷然たることならん或は最初より和氣塲に滿ちて談笑の間に國事を審議するを得ば甚だ妙なりと雖も人は元來鬼神に非ず殊に二千年來例なきの新國會を開て即日より至善の域に達せんとするは人力の許さざる所にして初年二年より十年二十年と經過し他年一日は圓滑なる政黨内閣の更迭を見るも當分は先づ其事なしとして遠く實際に外れざるべし初て馬に騎る者は其奇に乘じて東西に馳騁し却て馬をして仆ふれしむるなきを期す可らず國會の開設は之に異なれども珍奇の一事は他に比例なき所にして二十三年には國を擧げて政談の熱に狂し國會議院は宛がら討論の府と變じて喧嘩紛擾殆んど際限なき奇談もあるべし我國の事は國會開議の當日に至らざれば前記想像の中るや中らざるやを知ること難しと雖も西洋諸國に於て國會の爲めに今日まで種種の珍事を生じたる邊より見れば二十三年も亦想ふ可きなり我輩は國會の必要を認めざるに非ずと雖も又其國會にして無垢清淨ならんことを欲せざるに非ずと雖も不完全なる人力を以て二千年來未曽有の新制度に當ることなれば須らく冷眼虚心にして事の實際に着目すべし漫に漫然たる胸畫を描て他日に落膽するが如きは我輩の取らざる所なり今西洋國會の模樣に〓して二三の奇談あれば之を左に記して讀者の參考に供せんとす

普漏西王國の憲法に依れば内〓大臣は隨時に議塲に出でて其所見を述べ又反對の説を駁して原案辨護の權利あれども國會議員と異なる所は人民の撰擧に於て出身したるに非ずして上に萬乘の天子を戴き勅命を奉じて議塲に在るの一事なり故に其位置權力は天子を除くの外一切獨尊ならざる可らずして議員を支配し議塲の全體を監督するは議長の特權なりと雖も内〓大臣はその支配を受くる理由なしとす議長には各議員の發言を許可し又危險なりと認る時はこれを禁じて尚ほ時に依れば發言者を塲外に退出せしむの職權あること大切なりと雖も内〓大臣は其威令の外に立ち隨意に議塲に出入し又隨意に發論辨明するの特權を失すると與に其獨立の地位を奪はれ衆議員と進退を一にするは不都合少かりしも議員は聴かずして縱へ大臣なりとは言へ議塲に在るの間は議長の配下たらざる可らず無禮高慢の言を放て衆議員を罵るの大臣あるも議長に發言を停止する權利なければ國會は唯讒謗の府たるに過ぎず大臣の隨意發言は斷じて許す可らずと主張し雙方の不和爭論は廿年來日に倍倍募りて今に際限なき問題なりと云ふ

始め此問題の發したるは千八百六十三年五月十一日の事にして國會にて議員シベール氏の發言中に陸軍大臣ローン氏を駁したる一條は事實を失したりとてローン氏は烈火のごとくに激怒し

シベール氏、足下は根もなき事を構造して人を誣ふるも甚だし無禮と云ふも尚ほ餘りあるべし

と言咎め讒謗特に激烈なればドックムド ルフス氏は議長席にて鈴を鳴らしローン氏の發言を停止しながら聲を荒らげ

議長の職權にて拙者より御話致事あり大臣には暫し發言をおん止め候らへ

陸軍大臣 拙者が今の過言は平に御容赦を願ふ外なし、シタガ議員諸君は陸軍大臣たる拙者の演説を聽くの責任なかる可らず拙者は又陸軍大臣の資格を以て爰に演説するの權利を失ふ可らず(此際議長は頻に鈴を鳴らしてローン氏の發言を止めんとしたれども氏は聽かずして尚ほ語を繼ぎ)吾人は憲法の許たしる權利を楯にして發言する者なり議長足下よ如何に鈴を鳴らさるるも拙者は斷然ヽヽヽヽヽ(議長は又又鈴を鳴らし議長の命なり命なりと再三再四大聲に呼ばはり滿塲ノウ、ヒヤの聲夥しく一時は塲中湧くが如し)

議長 イヤ、ナニ、縱へ大臣諸君とは云へ議長に其發論を制するの權利あるべきは當然にして發論を停められたる大臣は議長の命令に從ふ責任なかる可らず(此時右黨よりは否否の聲起り左黨よりは然り然りの叫び頻なり)拙者が鈴を鳴らしたるは足下に言論の中止を命じたる合圖なりと思されよ、夫れにても尚ほ足下は發言を停め給はぬか、ヨシ、然らは拙者は帽子を冠り一應諸君に退散を命じて議塲の靜謐を圖るものと御承知あるべし

陸軍大臣 議長足下が帽子をお冠りに成るは御勝手ゆゑ拙者はこれに立入りて彼是れ申すに非ざれども是非職權の上に於て拙者より陳述致したき事あれば暫く御聽問下さるべし(此時兩黨よりノウ、ヒヤの聲喧しく發して大臣の演説聞えざる程なり)紳士諸君よ拙者は三百五十人の發言權(當時普漏西議員代議士の總數)は拙者一人の發言權よりも其聲の高きを知れり併し拙者は憲法上の權利に訴へ三百五十人の諸君に我主義政策を告げ得るの地位に立つが故に議長足下が一人の權を以て擅に拙者の言論を禁止する能はざるは理に於て明白なるべし拙者は憲法上の權利を犯さざる間は隨意隨時に演説すること勝手にして何人と雖も拙者の言論權を停止する者ある可らず(塲中の喧擾此に至りて最も甚だし)  (未完)