「國會奇談 (昨日の續)」

last updated: 2019-10-28

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時事新報に掲載された「國會奇談 (昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國會奇談 (昨日の續)   筑陽生寄稿

此時議長ドルフス氏は激しく鈴を鳴しながら

否否拙者は議長の職權を以て陸軍大臣たる足下に言論の中止を命じたり申すまでもなき事なれども議長自身の發言する塲合には議員諸君は靜肅してこれを聽くこと議塲の整理を計るが爲めに缺く可らず議塲に列する諸君は言ふに及ばず傍聽席の諸氏と雖も都て議長の命令に依て進退すべき者なれば若し法則を破りたる人あるに於ては拙者は議長の資格を以てこれを譴責するは權利なり義務なれども前の發論者(シーベル氏)の陳述は言論正當の範圍を超えずして聊かも塲則に觸れざる者と認めたるが故に敢てこれを問はざりしなり(左黨の議員は頻に喝采し右黨よりは不平の叫を發す)此儀お分りに成りたる可ければ議長より更に改めて發言をお許し申さん

大臣はますます怒りの聲を揚げ

議長足下が我王國政府の大臣に對し發言を制するの權利ありと主張せらるるは奇怪至極と云はざる可らず拙者は飽くまでも之に反對し自由に辨論を爲す覺悟にして前前にもビスマルク公の明言したる如く議長の權利は大臣席の閾際までは及ぶことならんと雖も我我の座席をして議長足下の支配の下に立たしむるの不當なるは拙者の信じて疑はざる所なりと

是に至りて左黨員は非常に激してローン氏を攻撃すれば右黨員はこれに反して又頻に反對黨を嘲弄し三百餘名の議員は銘銘勝手に發言放論を試みて議長も其始末に究せり

議長が發言者の言論を中止し若くは又議塲の喧擾を鎭めんとする塲合に於ては通常は鈴を鳴らして其命令を傳ふれども爭論の熱愈愈熾なるに至りては尋常鈴子の響を以て制す可らざるが故に議長は別に退散の徽章を附したる帽子を冠り議事の中止を報ずること普漏西議院の法なればボツクムドルフス氏はローン氏の激論の到底制す可らざるを察し例の帽子を冠りたるに其寸尺過大にして額を沒しズルズル滑べりながら眉目鼻口を山高の帽子の中に埋めたれば容易に脱せずドルフス氏の狼狽は言ふに及ばず自由黨の議員は悉く反對黨の惡手段を憤ふり且つ笑ひ且つ怒て議塲を退たりと云ふ

右の騷動にて諸大臣も一旦議塲を引揚げ直に内閣會議を開き國會議員が議長の制裁の下に立つは兎も角も我我諸大臣は皇帝の命を奉じ其委員として議塲に出る者なるに併てこれを彼れが配下に置かんとするは無禮も亦甚しと云ふ可し今後の關係大なるが故に内閣大臣は議長の支配外に在るに非されば自ら議院に出席して原案を説明するの責任を免かれたしとの議に决し其旨を議院に通知したるに議院は聽て又又動搖し凡そ議塲内に於ては議長の職權の及ぶ所に制限ある可らず畢竟内閣大臣の擧動は國會を輕蔑したる無禮の處置なりとの論多數なれば雙方の折合就かずして輿論はますます熟するのみ是に於て國王陛下の上裁を仰ぎたるに陛下は内閣〓の措置を正當と認め給ふ〓慮なりとて諸大臣は〓室の威光を假り物議を鎭めんと圖りたれども議院は愈愈不平を訴へ國王に上書して内閣諸大臣の行爲を非難し「今回の事の如きは當路大臣の罪責なれば陛下に於て斷然現内閣を罷免し給ふべきは勿論更に今日の機に乘じ内閣全體の組織に變更を加へ議院に對して責任を負はしめざる可らず」と 奏請したるに陛下は更に國會に宛てて長文の諭書を發し議院の抗書は寧ろ叡慮に叶はざる次第を述べ書中に「朕ハ諸大臣ガ議院ノ侵轢ニ抗シタルノ功勞ヲ感謝ス」「朕ハ天帝ノ幇助ヲ以て王室ト人民トノ間ニ存スル忠義ノ羈絆ヲ紊ス可キ彼ノ有罪ナル行爲ヲ打破センコトヲ望ム」等の語句を交へ逆まに議院を譴責したるより人人今は勅令の犯す可らざるを察して議員は敗北と覺悟を極めたれども翌日より諸新聞紙の議論は孰れも熱度を増し激烈に諸大臣を非難し人心の煽動限りなきの勢なれば政府は頻に發行を停止し或は又嚴責を加へて輿論を鎭めんとしたれども情實既に此の如し人民の不平抗論熾にして加ふるに國會議員新聞記者の教唆亦頻りなれば皇太子の宮(獨逸先帝)は官民の軋轢より遂に騷擾を釀して其煩を王室に及ぼさんことを恐れ頻に父君(故の獨逸老帝)に奏して威嚇手段を用ふるの非なるを陳辨したれども一方に首相ビスマルクの堅く取て聽かざるが爲め其議論行はれずして唯軋轢のみ増加したり      (未完)