「國會の凖備 (昨日の續き)」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「國會の凖備 (昨日の續き)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國會の凖備 (昨日の續き) 高 橋 義 雄

凡そ何れの政體にても其政治の時世に適して執行の極めて滑かに基本の極めて堅固なるは其政治社會の組織、時の學問商賣宗教其他凡百の諸制度と恰も結構を同ふして相助け相長ずるが故にして其例證を得んとすれば必ずしも遠く前古を引かず手近く徳川封建の治蹟を見て其一班を知る可きなり抑も古來の政體史に於て所謂封建政治なるものは文明國を支配するの政體に非ざること固より言を俟ざれ共古今各國の歴史に就て封建政治其物の成蹟を調査するに徳川時代の封建政治は殆んど集大成とも申す可き者にして其治蹟の彼れが如く完全なりしものは世界に例なしと云ふも可ならん其次第は樣樣なる中にも徳川時代には商賣學問宗教等政治社會と其組織の精神を同ふする者多く政治社會に君臣主從の關係あれば學問社會には師弟の關係、商賣社會には主人と年季奉公人の關係あり政治社會に諸侯士大夫其職を世襲するの習あれば宗教社會にも亦世襲法脈の仕組ある等當時封建の精神は社會の各部分に透竄し何れの部分を切斷して之を幾個に細分するも孰れも封建主義の結晶物にして之を集めて一社會を組成したるもの即ち徳川の治世なるが故に當時其政治の堅固にして封建政治の好模本と爲りたるは决して偶然に非ざるなり左れば今我國にて國會を開設し立憲政體の端緒を開かんとするに當り世上の識者若し彼の徳川封建の時世を回顧し又英國の現状を熟視して政治と學問商賣等と社會上果して如何なる關係を有するやを吟味したらば今は〓人大體の急務は果して何の邊にあるや自から分明なる可き〓〓して政治上〓國會の組織を適用〓〓からには〓〓〓問等の〓〓に〓〓〓樣の思想を吹〓込み商賣上に學問上に國の働を一處に纏めて政治上の國會と相輔翼せざる可らざるは事の順序に於て然る可き筈なれども今日日本の社會面を見渡して果して其邊の用意あるを發見す可きや學問社會に國の學者を代表するの聯合ありて商賣社會に全國商人の意見を示すの集會ありや况んや工業をや况んや宗教をや尚况んや此等諸社會の細部分をや頭足其運動を異にし腹背其氣脈を通せずして水に漂ふ海月の如く自から其全體の方向を制する能はざるの觀あるに非ずや窃に案ずるに我日本國にては維新以來既に破壞の時代を過きて封建の舊物を破壞したれども其破壞したる小固塊は今尚世上に散亂して元の儘に其形を存するもの甚た多く况して無形の氣風に於ては舊來依然たる向きも少なからず學者或は世俗に遠かりて商人或は其位地を守らず坊主或は嚴護法城の大義を忘れて政治家或は其獨を愼むに■(りっしんべん+「頼」)く是より以下凡俗の流に至りては一國民として其任の重大なるを知らざる者さへあり概して之を評するときは滔滔たる天下の人民自尊獨立の一義を存せざるの憾なきを得ず近頃當國にて發兌したるアート ジヨルナル(美術雜誌)の繪■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)を閲したるに日本の風習に關する一節に至り左の如き漫■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)あるを見たり

日本流の目を以て見れば芋を負ひたる百姓が田舍の小役人に恐縮して負ひたる芋が頭上よりして落つるなどの趣は誠に尋常なる可しと雖ども西洋立憲政治國の實際に於ては國會議員が撰擧區民の人望を收めんとして其機嫌を伺ふことこそあれ投票權を持ちたる人民の方が却て平身低頭して唯命是れ從ふの塲合などは極めて稀有の事なる可し固より一塲の漫■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)なれども近近國會政治の下に立て投票權を握んとする人民中に尚幾分か■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)中の趣を存するが如きは識者の深く患ふ可き所に非ずや前條既に陳述する如く政治は社會重要の部分にして今其組織を變化すれば之と同時に其他社會全體の組織をも變改して恰も同性質の者と爲し各各其働を一にすること肝要なりとすれば彼の封建舊物を破壞したる〓の固塊を取り之を文明國會風の元素に加味し夫れで新日本を構成して果して堅固なる結合體を得べきや余の疑なき能はざる所なり左れば今日國會開設に際會せんとするの人民は古今未曾有に多事にして政治家が其政治國會の用意に奔走す可きは勿論〓學者は鞍馬山上の獨棲を辭して時に人間俗世界に近寄り其全體の意見を示すが爲めには自から其社會の聯合を作り又商人も眼界を廣めて商賣社會全體の利害を思慮し其働を纏むるが爲めには全國其氣脈を通じて一致結合其向きの國會を起し其他農業なり工業なり或は又宗教なり各自其社會を重んじて其獨立を謀らざる可らず蓋し人間の意見議論は之を唱ふる人數に因りて其勢力を増すものにして從來我日本國にて商賣學問等を始め其社會の獨立を保つこと能はざりしは各自聯合の力に乏しく世上に向て其獨立の氣勢を張ること能はざりしが故なる可し左れば今政治上に國會を開設するの時運に會したるを幸ひ學者も商人も農工業家も夫れ夫れ其國會を起して政治上の國會と相對して事を爲すは立憲政治國に欠く可らざるの事業ならん即ち今日の日本に於て世人の眼中には前途唯一の政治國會を映するのみなれども余の眼中には數個の國會を映せり、世人が所謂國會の凖備とは唯一の政治國會に應ずるの凖備なれども余は數個の國會に對して其凖備の急なるを感せり、言を寄す世上各業の人、漫に政治上の一國會に注目して自家國會の凖備を怠る勿れ、是れ余が敢て今日の同朋諸氏に希望する所なり                 (完)