「日本は海國なり(昨日の續)」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「日本は海國なり(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本は海國なり(昨日の續) 在ボーストン某生

左れば爰に我商船の數を増加し我國民をして航海の術に錬達せしめ眞に海國の民たるに耻ぢざらしむるは我國今日の急務と云ふべし或人の言に今日に在て我商船の數を増加せんとは解す可らず現に日本諸會社現在の船舶のみにても或は多きに過ぎ時としては搭載の荷物なきに苦むことあり云云とて説を作す者あれ共我輩を以てすれば今の日本に船の多くして荷物の少なきに苦しむことあるも其然る所以は孰れも航路を内海に限りて單に國内の荷物を運輸するが故なりと云はざるを得ず然かのみならず郵船會社のみに就て今後の運命を豫言するも今より尚ほ多少の困難に至る可しと我輩の信ずる所なり内地の鐵道日に益益開け東西南北到る所汽車の便あらざるなきの日に至らば旅客は勿論荷物の運搬も悉く皆な鐵道の便に依り復た緩慢なる船舶を利用する者なきは理の最も視易きものにして若しも我郵船會社の目的をして後來内海の航路のみに限らしめなば其命數は指を屈して待つ可きのみ試に今日英國内地運輸の状を視るべし石炭の如き積量重くして價安きものは尚ほ稀に船舶の便に藉るものなきにあらずと雖もこは誠に以て微微たることにて内地運輸の大半は全く其便を陸路鐵道に取るものなり去れば英國商船の多き其數を知るべからざる程なれども業とする所は重もに海外の運輸にあるが故に啻に數の多きを憂ざるのみならず却て常に不足を訴るにあらずや故に今の郵船會社をして其業を内海に止むるの目的ならしめなば今日の船數を半■(にすい+「咸」)し四分の一に■(にすい+「咸」)ずるも後來尚ほ搭載の荷物なきに苦むことあるべし熟熟世運の變遷を考ふるに其進歩は實に驚くべきことにて往古通商の便は牛馬又は駱駝の背に依て安全なる陸地を通行したるものも人智漸く開くるに隨ひ風力を利用して危險なる波濤を凌ぐことを知り其勢復た一變して風力に換ふるに蒸氣力を用ひ又昔日の牛馬に依るものなく以て今の世の中となりたり然るに人智の發達は止めんとして止め難く鐵道の發明ありてより以來運輸の道變じて陸路に移り今日の勢、船舶は唯海水を隔てたる遠き國國の間にのみ用ひらるることとは爲りたり世運の變遷察せざるべからず去れば我國の位置と云ひ世運の時機と云ひ恰も天の我に幸するものなれば此天幸を空ふすることなく敢爲斷行大に海運の業を起すべきものなり前にも述べたる如く我日本は純然たる海國にして然かも海路四通の衝に當るの便ありながら我國汽船の航路は僅に一年數回上海に達するのみ其他西に行き東に行き苟も歩を國外に運ぶものは必ず他國船舶の便に依らざるべからず是れ果して海國たるの所業と云ふべきか又聞く或る西洋人が其所有船の水夫に從來支那人を雇使せしに何分にも所業に不實のこと多く甚だ面白からざるに付き之を解雇して日本人を雇ひたるに平日は其動作如何にも實體にして支那人の比にあらずと雖も如何にせん少しく風波起りて船體の動搖するときは忽ち眩惑して所謂船氣を催し更に物の用を爲さず不得止之を解雇して再び元の支那人を雇ひたりと云ふ嗚呼之れ果して何の事ぞや海國の人民をして船體の動搖に眩惑するは恰も猿にして木に登るを知らざると一般海國の耻辱これより大なるはなかるべし〓〓に〓〓會社所有の汽船中にも多くは外人を以て其船長となし航海の事は一切之に任ずるの例ありと云ふ奇怪千萬なりと云ふ可し去れば我海運を盛にして海員を陶冶するは今日の急務なること復た贅言を要せざる所にして其これを擴張し之を陶冶するの方法に就ては自から當局者の意見もあるべく又世間種種の議論もあるべしと雖ども試に今我輩の所見を陳述し以て世の識者に質さんとする所のものあり固より自由貿易を以て自から任ずる記者又はマンチエスター學派の經濟主義を以て其本尊とする論者は必ず大に異存あることならんと雖ども先づ我輩の立案の第一は何噸以上の汽船を所有して一年何哩以上の航海をなす者には一艘に付何程かの助成費を國庫より支出して以て大船航海の道を奬勵するに在り今日の郵船會社には既に年年政府よりの補助金ありて其補助金たるの一事に於ては右陳述の補助費に異ならずと雖ども現行の仕組は我輩の甚だ感服せざる所なり盖し現行の補助は海運と名くる其事を補助するにあらずして海運營業者その人其會社を補助するの實ありと云はざるを得ず若し今日の仕組をして事業を補助するの目的ならしめなば其補助を其會社に限らずして航路の里數又は船舶の噸數に隨て額を増■(にすい+「咸」)すべき筈ならずや會社を補助すると海運を補助するとは等しく之れ補助なれども其結果に至ては大に異なる所のものあり盖し其補助を其會社に限る時は補助せられたる會社のみを益して他を益せず其形迹自から專賣特許の姿となり他に競爭の道を斷て却て海運の擴張を妨害するに至るべし之に反して海運の事を補助する時は其何人たるに限らず苟も日本人民にして船舶を有する者は悉く補助の一部分を受け一艘を所有する者は一艘丈けの補助を受け百艘千艘其數に隨て補助せらる可きが故に今日の如く我航海權を一會社に專有して他を壓するが如き不都合なかるべし斯く云へば彼の自由貿易論者は必ず大に異説を唱へ人爲の保護に依て新事業を起し又は舊事業を擴張するは經濟の眞理に違背することにて假令一時其事業の起ることあるも一度び補助法を廢する時は忽ち衰頽して補助なき時の舊態に復し更に其甲斐なかるべし他力に依て起りたる事業は恰も室内に培養したる草木の如きものにて一度び之を室外に出す時は忽ち桃紅李白の粧を失ふべし寧ろ最初より之を天然の自由に放任して其事の成否を試るに如かずと云ふことならん如何にも經濟の眞理に於ては論者の言の如くなるべしと雖ども大凡人間界の事物は必ずしも眞理にのみ依ると云ふにも非ず固より理外の理と云ふことは世にある可らざる筈なれども人間の目を以て眞理なりと確信したる眞理の外に眞の眞理なきと斷言すべからず去れば今日英國海運の繁昌は實に天下に冠たりと云ふと雖ども其繁昌は决して偶然天然の自由に放任して以て生じたる繁昌にあらず在昔エリサベス時代の歴史を觀るに或は噸數平均の補助金又は外國船舶の入津税等種種樣樣の方便に依て自國民の海運を奬勵誘導し以て次第に繁昌を來たせしものなり今日に在てこそ英國の經濟は自由主義を以て根據と爲すが如くなれども其本を尋ぬれば皆前年の保護主義に依らざるものなし人爲の補助决して輕ずべからず唯事を補助すると人を補助するとの分界を正ふし以て之を濫用することなくんば利益の廣大なる又疑を容れざる所なり    (以下次號)