「東洋問題(一昨日の續)」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「東洋問題(一昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

東洋問題(一昨日の續)

サイベリヤ鐵道落成の後日本に如何なる影響あるべきやの問題を説くに先ち露國朝鮮近來の關係に就て一言なきを得ず即ち本年八月八日朝鮮國督辨交渉通商事務趙乘式氏は京城駐在露國辨理行使ウエーベル氏と陸路通商條約を議决し即日記名■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)押して■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)押の其日より向ふ五年を條約施行の期限と定め兩國陸地の交易に關する種種の特條を締盟したり其條約の重なる部分は

一朝鮮國は濟物浦、元山、釜山、漢陽京城、楊花津五箇所の貿易市塲の外に咸鏡道慶興府に新に一箇の市塲を開き露人の通商來往を便利にする事

慶興府は咸鏡道の極北にして露國の境界に接し土們江を渡れば東サイベリヤに入る要害の塲所なり露人が此地に市塲を開き陸路直に朝鮮に來往するの權理を得たるは今後の東洋問題に重大の關係あるべし

一露國政府は慶興に領事或は副領事官を派遣すべしと雖も到任までは露國東洋沿岸省の境界事務長官若くは他の官吏にても境界事務の職任を帶ぶる者は朝鮮政府の許可を經て其務を代理するを得

一露國より派遣したる公使并に隨行員各領事官、境界事務官等は朝鮮政府の免状を得て内地を旅行すること隨意なるべし

右の兩條は尋常の約束と見る可らず何となれば露國の境界事務官は單に境界の事務を辨理するに止まらずして朝鮮の内地に入込み領事の事務を執行し又自由に各地を巡歴するを得るは一般の外交官吏に較べて其權限殊に大なるを覺ゆれはなり

一慶興府の居留地内は勿論、地外にても其距離朝鮮里十里以内までは無期限或は有期限を以て地所を借受け家屋を購買すること各自の便宜たるべし

一朝鮮官吏は慶興附近五里以内の地に朝鮮里一里四方の空地を撰み露國人の爲めに貨物運搬并に食用に供する畜類飼養の牧塲を設くべし而して露人若し該牧塲に於て飼養したる畜類を貿易品として塲外に輸出する時は相當の税金を朝鮮政府に納むべし

一慶興を距る朝鮮里一百里以内は露人は旅行免状を所持せずして隨意に遊歴するを得べし尚ほ免状を所持する時は内地に向て遊歴通商を試み其土地の産物を買出し並に一般の貨物を販賣すること自由なれども朝鮮政府の禁止したる書籍を刊行發賣するの類は許可せず

一朝鮮人も露國の内地に遊歴し露國の輸入を禁じたる貨物の外は普く運輸販賣の業に從事し並に其土地の産物を買出すこと自由なるべし唯其際朝鮮人は朝鮮の關門吏より旅行免状を申受け露國の境界に抵りて免状を露國官吏に呈し印信■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)押を得るに非ざれば内地に入るを許さず

以上諸條の精神を推すに朝鮮は今回實に非常の恩惠を露國人民に與へたる者なれば露國も亦その待遇を徳とし平和穩便の手段を以て陸路の通商を營むに相違なからんなれども國際交渉の事は往往思はざるの邊より不破紛〓を釀すが故に露朝今後の關係も或は其轍に出るなしと云ふ可らず例へば露人の運搬若くは食用に供する畜類飼養の爲めにとて朝鮮政府は慶興居留地の近傍に牧塲設置を許可して若しも其畜類を貿易品として該所の外に輸出する時は露人に相當の租税を拂はしむべしと約束したるが如きは曖昧の手段と云ふべし例へば畜類を居留地外に輸出するに始めに運搬用の名を以てして中途に之を賣却したらば徴税の手續は如何なる可きや朝鮮の官吏は式の如く其違法を咎むるとするも露國人は種種の口實を設けて反對抗論するの間に其事早く國際上の疑問と變して大葛藤を釀すなきを期す可らず内地旅行の制限も亦然り日本支那の例に於ては内地旅行は學術研究或は病氣療養の爲めに特にこれを外人に許可するまでにして内地に入込み商業を營むは堅く禁ずる所なれども露朝兩國陸路貿易の約に於ては他より貨物を齎し來て販賣するの自由をも與へたるものにして非常の寛典なるが故に旅行免状の制限を除けば朝鮮は露國に對して全國開放の實を表したりと云ふも可なるが如し次に旅行免状の交附法に至りても露國人が朝鮮の内地に入るには單に本國官吏より免状を受取り旅行中、朝鮮地方官吏の請求あるに當り之を示せば不都合なき順序なれども朝鮮人が露國の内地に入るに於ては豫め其境界吏の■(てへん+「檢」の右側)査を受け印信■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)押を乞はざる可らず若しも朝鮮人に斯る制限ありとすれば露國人が境を踰て朝鮮の領地に入込む時も朝鮮の境界吏は均しく露國人の旅行免状に印信■(「畫」の上部+下部はかんにょうの中に「田」)押を附するは當然なるに其事の條約面に見えざるは一方に偏したる者と云ふべし                   (未完)