「東洋問題」

last updated: 2019-10-28

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時事新報に掲載された「東洋問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

露西亞朝鮮陸路通商條約の中に於て慶興府居留民の制限を見るに

一露國人は條約の明文に於て禁止したる貨物の外は慶興に在りて露西亞朝鮮並に他國の諸

産物を輸入し若くは輸出するの自由ある可し而して其貿易は貨幣賣買、物品交換の差別を

問はず一に商民の便宜に任せ朝鮮官吏の傍より干渉するを許さず又朝鮮政府は露國人が慶

興に諸般の製造塲を建設するを許し後來又その營業を妨ぐるを得ず

此條に關して我輩の疑ふ所は第一に慶興の居留地は獨り露國人の爲めに開きたる者にして

外國人は之に入ること能はざるか或は最惠國均霑の例に依り與に慶興貿易の惠に浴するを

得るやの問題なり抑も露國朝鮮の陸露通商は諸外國の關係疎遠なるが如くなれども露國人

にして外國貨物を慶興に輸入する其税率たまたま他の外國人が元山釜山等に於て納むる所

よりも遙に輕き事責もあらんには朝鮮の貿易は遂に露國人の手に制せられて他の國民は其

利uを奪はるゝの恐少からず我輩は朝鮮が他の外國に約したる海港貿易の税率と今回露國

に許したる陸露通商の税率とを比較して不審の考なきにあらねば税則の條に至り更に其輕

重を照して論ずる所ある可し又第二の疑問は西洋人が東洋諸國の貿易市塲に製造所を起す

ことは條約の許す所なりや否の爭にして我輩平生の見解を以てすれば列國の交際對等を失

はざる間は兎も角もなれども彼れより治外法權を齎し來る塲合に於ては内國の税法を維持

するが爲めに外人の來て新製造所を設ることは斷して之を拒まざるを得ず西洋人中に説を

爲す者は通商貿易の文字は單に物品の賣買に止まらずして其物を製造する手順方法をも含

むべきこと勿論なれば居留地に製造塲を置くは條約に基きたる權利なりと主張し日本支那

の外交史上に漸く一の問題たらんとする折柄露國朝鮮の條約に公然其事を記して爾も將來

その營業を妨げざる可しとまでに締盟したるは我輩に於て驚かざるを得ず然れども露朝兩

國新條約の筆法を以て日本を推すは正理の許さゞる所なれば吾は我貿易製造の區別を巖に

し今後斯る爭の起るべき塲合に於ては斷然の處置あらんこと希望に堪へざるなり

一露國人にして貨物を他の徑路より私運し税制を潜らんとしたる者は既遂未遂に論なく其

貨物を沒取し犯則者に沒取貨物の價格に二倍せる罰金を課すべし又沒取したる貨物は朝鮮

官吏の手に留置き〓税を圖りたる露國人は成否を問はず逮捕して直に近傍の露國裁判所に

送り、留置きたる貨物は裁判の言渡を待て處分し犯罪者は露國の法律に從て處刑すべし

一土們江沿岸の船舶行走は互に隨意たるべし尤も渡船其他往來諸般の事に就ては兩國官吏

商議の上これを取極め尚ほ水上警察の法を設けて雙方の便利を圖るべし

一露國人の朝鮮を遊歴する者に限り各々鳥銃或は拳銃一挺を護身の爲めに携帶するを許す

但し此塲合には旅行免状にその由に記載すべし

右の三條は今後露國朝鮮の間に起るべき葛藤を前言したる者と稱して可ならん海路の貿易

は判然その港を定めて出入を巖すること容易なれども陸路の交通は全く然らず地續に來往

して適々一枚の毛皮に一俵の米穀を贈答するが如きも法に照せば密賣なるが故に朝鮮の官

吏は直に差止めざるを得ず而して逮捕したる露國人は治外法權の結果として露國官吏の手

に渡し自から其處分に立入る能はざれば露國人は其罰の輕きに慣れ國境を踰え利を以て朝

鮮内地の人民に啗はしめ種々の策略を行ふなきを期す可らず特に露國人に限り鳥銃若くは

拳銃を携へて内地に入るを許したるは後來葛藤の原因たるに疑なければ朝鮮の國境これよ

り多事なる論を竢たず又土們江沿岸の船舶に互に行走の自由を許したるは恰も兩國海面の

領域を沒したる者なれば露國の軍艦商船にして境を踰えて自在に朝鮮海岸に入込むも朝鮮

に於ては之を拒むの權利なきものなり(未完)