「明治十六年度歳計决算」
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時事新報に掲載された「明治十六年度歳計决算」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
明治十六年度歳計决算
政府は去る廿四日を以て明治十六年度歳計决算を公布したり此决算に據れば其歳入出總計は共に八千三百十萬零六千八百五十八圓五十六錢二厘にして其内譯經常歳入合計は七千六百四十二萬五千六百八十七圓四十四錢一厘、臨時歳入合計は六百六十八萬千百七十一圓十二錢一厘、經常歳出は六千七百九十一萬四千百七十六圓四十九錢九厘、臨時歳出は千五百十九萬二千六百八十二圓零六錢三厘なり今この總計を同年度の豫算七千五百六十萬六千零五十九圓に比すれば决算の豫算に超過すること實に七百五十萬零零七百九十九圓五十六錢二厘にして豫算額の一割に當れり决算に斯くも莫大なる増加を視るに至りしは同年度に於て雜支出、營業資本及繰替金、軍備部繰入等の費額を臨時に支出したるに由るものにて此不足を補充するには諸返納、雜收入、補填繰入等の金圓を以てしたるものの如し抑も政府が歳計决算を精完すること甚た遲くして漸く五六年前の古物を今日に公布するに至りし其情實の如何は我輩の知る所にあらざれども明治元年一月より八年六月に至る决算報告を始めて審査編成したるは實に明治十三年二月のことにして自來年を經ること殆んど十年に近ければ其事務は總て整頓して係り官も既に熟練を得たることならんなれば其公布を速にすることは葢し事務上に於て敢て難事にあらざる可し且つ决算の大切なるは之を豫算に照らして果して差したる相違なきに在るのみにして豫算も之に由て重きを成す次第なれば若しも歳計の後に全く决算を示さざるか又は豫决兩樣相對して非常の差あらんには豫算の信用は自から薄からざるを得ず故に政府が豫算を製するに當り注意の上にも注意を加ふ可きは無論なれども人生鬼神の明なくして人事常ならず時に或は意外の支出を要して豫期に齟齬することもある可し避く可らざる事なれば斯る塲合にはいよいよますます决算の報告を速にして齟齬ながらも會計の眞率なる旨を明にして以て國民をして安心せしむること肝要なる可し然るに十六年度の决算は豫算に比して隨分齟齬の小ならざるものにして却て其報告の速ならざりしは甚だ遺憾にして我輩は政府の信用の爲めにも聊か惜しむ所のものなきを得ざるなり
又政府が年年に公布する歳計豫算を視るに其前年度の豫算に比して増減したる廉廉には夫夫詳細なる説明を加ふるの例なりしが今回の豫算决算には豫算と相違したる廉廉に説明なきのみならず千五百十九萬二千六百八十二圓零六錢三厘と云ふ莫大なる臨時歳出は興業費、雜支出、營業資本及び繰替金、軍備部繰入の四■(「疑」の左側+「欠」)に分ち第一■(「疑」の左側+「欠」)興業費を十項に第二■(「疑」の左側+「欠」)雜支出を九項に分ちたる迄にて如何なる理由ありて豫算外に斯る費用を要したるやを説き明らかにせざるは我々をして何か物足らぬ思ひを成さしむるものなり本來豫算は歳計の見積り决算は其實際の收支を勘定したるものにして取りも直さず事物の首尾本來なれば豫算にして已に説明を必要とすれば决算にも亦その必要ある可きや論を俟たず然るに今この種の説明なき十六年度の决算を一讀する者は如何の感を爲す可きや或は唯數字のみを視て其多きに驚くものもあれば或は心中に推測の漫畫を畫きて誤りたる解釋を下すものもあらん誠に謂れなき次第なれども天下の廣き人口の喧しき之を如何ともす可らず政府の爲めに謀れば俗に云ふ痛くもなき腹を探らるるものにして一般の信用上に其不利これより大なるはなし然りと雖も十六年度の事は今更言ふも其甲斐ある可らず唯今後に注意す可きは國會の一事にして其開設も最早や近きに在り其時には歳計の豫算决算論も必ず喧しきことならんなれば政府に於ては今より其邊に覺悟して報告法の整理改良あらんこと我輩は當局者の利益の爲めに之を勸告する者なり