「權力平均は消極的たるべし」
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本文
權力平均は消極的たるべし
明治政府の行政機關は夙に澁滯の患ありて徒に政費を増加するの傾あるより人民の難儀も
容易ならざる有樣なれば去る十八年の十二月太政官を廢して内閣と改め伊藤伯が總理大臣
の位地を占むると同時に官守を明にし選叙を精くし繁文を除き冗費を節して以て施政の整
理を圖るべきの詔勅を芳戴し當時多少の改革ありしが今に至りて其成績を通觀すれば何時
しか改革以前の状態に立戻りて寧ろ少しく過ぐるものあるが如し蓋し此の如く實効の容易
に擧らざる其因縁を尋ぬれば種々の事情もあることならんと雖も元來政府の事務の取扱方
は甚だ手重なるものにして例へば官民の間に於て一葉の端書を徃復して直ちに事の濟むべ
き塲合にも出頭の上にて書付を差出さしめ其書付には云々の雛形あり雛形に照して一字も
違ふこと相叶ふ可らず抔とて其通達經由方も亦甚だ輕便ならず何事にも一通りならざる手
數を費し之を御用多と稱して隨て多數の吏員を要し能不能を問はずして次第次第に其人數
を増し漸く閑暇を生ずるに至れば又彼是と何かの御用を生じ繁文は吏員を招き吏員は繁文
を來たし因となり果となりて以て政費増長の一事を産出するものなりと云ふ即ち世論一般
の判定する所なれども今その御用多より引續き吏員増加に至るまでの次第を吟味して深く
根源に遡るときは我輩の所見にて別に一種の事情あるものゝ如し蓋し權威を好むは人情の
自然にして今の政府の上長官とても亦是れ人情世界の人類に外ならざれば之を求めんが爲
めに百方思を凝らすも决して怪むに足らざるべし然り而してそのこれを求むるの法如何と
云ふに成るべく己れの味方を募ること最第一の要にして政府部内に數多の官吏を登庸し腹
心股肱の輩を養成して以て羽翼を張るに若くものある可らず如何となれば我國縦來の政府
は英米諸國の如き人民的の政府に非ずして例の東洋主義に基きたる官吏的の政府なれば假
令へ民間に何程の味方を蓄へて其勢力を張るも上長官の地位に取りては殆んど無縁のもの
にしてい威權の消長に些少の關係もなきが故に〓(いやしく)も己れに親近せんと欲する
者あれば特に之を官途の空氣中に網羅すること要用なればなり是亦自然の事勢なりと云ふ
べし左れば權威を好むも咎む可らず、官吏を登庸するも無理ならざれども、斯る有樣にし
て次第次第に進むときは如何にせん國の經濟は之を許さゞるのみならず前陳の如く繁文の
弊を釀し來りて施政の圓滑を妨げ官民雙方の不利不都合なれば唯餘儀なしとのみ云ふて止
む可き次第に非ず依て今我輩は上官の意にも逆はず又國の經濟及び施政の圓滑をも妨げず
して茲に一案を呈出せんに抑も權威の消長と云ひ味方の多少と云ふは元是れ比較上の語に
して絶對の義にあらず例へば彼に十人の味方あり我にも十人の股肱ある塲合に當りては雙
方ともに之を減じて八人宛となすも權衡の平均は前に異ならずして更に之を五人に減ずる
も其割合は亦相同じかるべし右の算用に隨ひ若しも彼に於て十人に一人を加へんとするこ
とあらば我も亦一人を増すの代りに他を制して其一人を加へしめざる歟若しくば更に一人
を減じて九人と爲さしめ我も亦一を除いて九と爲すが如く都て積極的に増加せずして消極
的に減却するの方法を取らば目的の實を達して而して他を妨ぐるの病を避くるに足るべし
且つ又羽翼を張るの一方にのみ着目して部下の人を増さんとすれば其間には種々色を殊に
する人物の紛れ込みて時に或は自家の不利を致し甚だしきは恩に酬るに仇を以てするの奇
禍なきを期す可らず之に反して部下滅却の策に從ふときは人物を採るに當り精撰の上にも
精撰して眞に忠〓(魚+更)の股肱を養ひ權威の基礎を固ふして上長の爲めに安全なるの
みならず國の經濟の爲めにも利の大なるものなれば今の時に當り權力平均の法を消極的に
求めんこと我輩の希望する所なり偶々十八年の當時を回想して一言こゝに及びたるのみ