「朝鮮の獨立」
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時事新報に掲載された「朝鮮の獨立」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
朝鮮の獨立
去頃の紙上に於て我輩は縦へサイベリヤの鐵道成るにもせよ露國より過激手段に訴ふる如
き拙策に出てざるは明白にして專ら平和の針路を取りサイベリヤの殖民を第一とし支那朝
鮮に對しては境界の陸地貿易を盛にし其利澤に依て内地を開くの考ならんとの次第を陳べ
たり固より一家の想像なれども露國近來の政策は容易に腕力主義に訴ふるものに非ざるこ
と事實の許す所にして現時上海に滯在中なる朝鮮王の顧問官デンニー氏が北支那日々新聞
の記者に面して陳たる意見にも(此事は去月十三十四兩日の紙上に載せたり)露國は好ん
で朝鮮保護の勞を取る者に非ず又支那政府に對しても敵意あるを悦はざるのみか境上の商
賣を盛にせんが爲めにますます隣國に親しまんとする考なり或は假に露國は朝鮮を自國の
版圖に合するの野心ありとするも實際にこれを行ふは容易ならざる次第にして果は武力を
以て爭はざるを得ざるに至らん東洋駐在の露國公使等は朝鮮を兼併して己れの疆土を廣め
んとする考なりとは世人の沙汰する處なれども余は之を信せずして要するに莫大なる金力
煩勞を抛つに非ざれば露國が遙に歐洲の一國として朝鮮の主權を握るは望む可らざる次第
なりとあるが如きは即ち偶然我輩の所見に符合したる者と云ふ可し或は他年の後サイベリ
ヤの土地開け人口増して交通殊に便利なるに至らば土着の兵は境上より朝鮮に侵入するの
恐もある可く又今日にても露國が一兵に衂らずして之を奪ふの豫算あらんには侵略を憚か
らざるは明白なりと雖も然れども今日の形勢は獨り朝鮮にのみ其全力を注ぐの暇あるもの
ならず印度、阿富汗、波斯、土耳古の事件より若しくはバルガリヤの紛議に至るまで三面
殆んど敵にして殊に其關係より論すればバルガリヤの問題は尤も切迫なる者なり次は土耳
古の交渉にして印度の境界も亦然り露人が今日次第に印度の境上に鐵道を敷設し漸くその
腹部を衝かんとするの决心なれば英人は兵を疆邊に出して互に相鬩ぐその關係の急なるこ
と朝鮮の匹ならざるに此急を捨てゝ獨り朝鮮に全力を注ぐなどは殆んど謂れなき話なるべ
し蓋し朝鮮を取ること容易なりせば露國は何を憚りてか其策を爲さゞるなからんやなれど
も朝鮮も亦一個の獨立國なり支那は公然之を佐けて英國も亦陰に聲援するが故に朝鮮に向
て侵略の策を行はんとすれば英支諸國を敵にするの决心にて大兵を東洋に送らざるを得ざ
るの理なれども此事たる既に前日の紙上にも陳べたる如く假へ鐵道落成するも七千哩の無
人地に兵を行るは兵法の許さゞる所にして加ふるに本國の情勢は歳帑乏しきを告げて國内
亦靜謐ならず内外の困難一時に重ね來るの際に朝鮮を併呑せんとするの策は今年今月に行
はれざる者と稱して可ならんのみ然らば露國の東洋に對する政策を如何と云ふに我輩の見
る所は支那に對しては疆塲の無事を保ち朝鮮に對しては陸路の貿易を盛にし同時にサイベ
リヤに人を移してますます實力を養成するの一手段なるべしと信ずるなり
右の所説をして實際に相違なからしむれば過日の倫敦電報に朝鮮は露國の保護國になりた
りと見えたるは全く信ずるに足らざる風説なれども一方より今日の實際を窺ふに露國朝鮮
の間には近來一種親密の關係を生したるが故に訛傳の起るも亦由縁あるべき事なり盖し朝
鮮の近來頻に露國に交を結ばんとするは支那の干渉を厭ふ爲めの反動にして支那朝鮮の關
係ますます不滿なるに從ひ朝鮮露國の交際はいよいよ親密の度を増すに疑ある可らず抑も
朝鮮に利害關係の密接なるは日本支那露國の三國なれども日本の政略は近來全く自國の獨
立を旨として去る十七年天津の談判以來は朝鮮の關係を離れ未來の累を受けざらんことを
期したる者なれども之に反して露國はますます朝鮮に交誼を表し其國の獨立を佐けんと欲
する折柄朝鮮人中に又窃に露國に依て獨立を謀らんとする者ありて内外相應し其關係の密
接したるや疑なかるべし即ち前日の紙上に説きたる露國朝鮮陸路貿易條約の如きも全くこ
の交際の結果にして我輩は其條約の露國に取て非常に利益多きは取りも直さず朝鮮が露國
に依頼するの重きを證する者なりと信するなり單に條約を一見すれば露國は朝鮮の獨立權
を蔑にし殆んど對等國に非ざるの禮を以て待遇したる姿なれども朝鮮政府の尚ほこれに不
同意を唱へざりしは全くその甘心を買はん爲めの手段ならずして何ぞや(未完)