「輸出品の免税」

last updated: 2021-12-20

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時事新報に掲載された「輸出品の免税」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

輸出品の免税

政府が去る十二月十八日勅令第八十三號を以て明治二十二年一月一日より輸出の藥材其外百十餘種に限り關税免除の旨を公にしたる趣意は其頃の時事新報紙上にも記載の通り國産の輸出を奬勵するに外ならざる可しと雖ども顧て將來貿易上の影響如何を考ふるときは思はざる所に思はざる事の起るなしと云ふ可らず盖し輸入の關税たる輸出の關税と共に條約に規定したるものなれば苟も今の條約にして改正なき以上は外人に對して關税の目を變ずること能はざるは固より論なけれども内國の法律は法律なり外國の條約は條約なり日本政府は勅令第八十三號を發布して法律を改めたれども從來唯條約の明文を守るのみにして曾て日本の法律に無縁なりし外國商人は今度の法律改正の爲めに左右せらるゝことなく舊に依て條約に從ふ可きは固より論を俟たず故に藥材以下の輸出に付き内國商は恰も偶然に條役の束縛を免かれて無税の利を利すると同時に外國商は勅令の澤に浴するを得ずして税を納ること舊の如くなる可ければ今後外商が日本商人の間に伍して商賣の利を爭ふことは甚だ困難なる可し外國の地に居住して其國法の外に悠々たるの便利は常に便利ならんなれども今回の如き塲合には商賣上に少しく不利なきを得ず盖し人間萬事裏と表と二重の利を專にするは叶はざることならんのみ或は外商等は自家の不利を防ぐが爲め内商と共に勅令の特典を蒙らんとて出願することもあらんかなれども是れは條約面に對して許す可き限りに非ず然らば則ち現行の條約税則は正に文字のまゝに之を守り税率を高くすることの叶はざると同時に之を低くし又無税にすることも相成らずと云はんか、藥材以下は日本國の物産にして之を賣買貿易するに自國の便宜に從て其税を左右するは我法權内の事なり且海關の税率に外國政府が喙を容るゝの條約も其精神の在る所を問へば唯その昇騰を防ぐのみにして低落を妨るの主意にあらざれば我輸出品に無税のものを生ずるも外人は更に一言するを得べからず試に彼の米の輸出を見よ條約面には米麥の輸出を禁ずと大書したるに非ずや然るに今日は公然これを輸出して内外に怪しむ者を見ず若しも輸出入の品柄又其税率に付一字一句も條約面通りとあらば今の米の輸出は條約違背として許す可らざることならん一奇談と云ふ可きのみ左れば今度の勅令を以て藥材以下を無税と定めたる其恩澤を蒙る可き者は日本國法の下に在る日本商人のみにして氣の毒ながら外國商人は之を共にするを得ざるものなり事理の最も賭易きものにして且つ我外交官に人あり萬々安心なりとは思へども利益上の熱心は又自から意外のものにして前條に記したる如く無理ながらも外商の苦情なきを期す可らずして又我外交官も交情の厚きが爲めに可否に躊躇するの意味はなかる可きやと過慮の餘り我輩が敢て正理の表門より念の爲めに一言を呈するものなり