「朝鮮の獨立 (昨日の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「朝鮮の獨立 (昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

支那政府が朝鮮の内治に干渉すること彌彌甚しければ朝鮮は又ますます露國に依頼するの傾を生す可しとは支那タイムスの推測なれども我輩は其言の實際を穿ちたるを信ずる者にして尚ほ一歩を進め極端を想像すれば袁世凱が京城に在りて國王廢立の事を行はんとし若しくは朝鮮を其版圖に合せんとするの企あるに於ては朝鮮の政府中には寧ろ國を擧げて露國の保護を仰ぐとも支那に從屬す可らずと爲す黨派も起り其事一たび此に至れば朝鮮獨立の問題は變して分割の爭と爲り露國支那の兩國は朝鮮を孤注にして相鬩ぐが如き變亂なきを期す可らず然して其口實より論ずれば支那は朝鮮は屬國なるが故に之を併呑する者なりと主張するならんなれども朝鮮の獨立は歐米諸國既に認めて容易に動かす可きにあらざれば支那の望の容易に達する能はざるは論を待たず之に反して露國は内に野心を包藏して暗に侵略の手段を用るにもせよ既に朝鮮の獨立を保護するの名義あれば締盟諸國に於ても之に喙を容るる機會少かる可し又露國の朝鮮を覬覦するは事實なりとするも今日尚ほ其獨立國の名を重んじて容易に掠奪の形跡を現はさざる折柄支那が傲然これを屬國なりとして不當の言を張るに於ては露國の進んで事を爲すや却て甚だ易かる可し故に支那の爲に計るも朝鮮獨立の名は决して沒す可らざる者にして若も之に反する塲合に於ては露國に侵略の口實を假すものと云ふ可し朝鮮の位地は甚だバルガリヤに似たる者なりバリガリヤの尚歐洲列國の間に立て自立の名を保ち殊に他の強國の之れを助くる所以は歐洲の平和を維持せんとするが故なり若し露國の政略をして其意の如くならしめなばバルガリヤを兼併するは勿論なれども之を覬覦するものは一國に止まらずして墺太利も亦均しく他國の反對さへあらざれば之を聯邦の中に併せて東部の藩塀と爲さんと欲するものなれども互に相制せられて其私を濟す能はざるは全くバルガリヤに獨立の名あるが爲めにして獨逸の如きは利害の關係少きに似たれども若しバルガリヤにして其獨立を失ふ時は忽ち歐洲の破亂となるが故に頻りに之を保護し其政略は必ずしも墺國を助くるに非ず又敢て露國に與するにも非ずして中間に歐洲の平和を保たんとする者なり朝鮮の問題はバルガリヤに異なりと雖も其獨立を失はしむれば東洋に一大波瀾を生ずるの〓は之に彷彿たるものと云ふ可し而して朝鮮に利害の尤も密接なるは露國支那を除きて我國なるが故に日本は朝鮮の運命に關して到底之を對岸の火事視す可らざるや明にして苟も其國に事を生ずるときは忽ち破裂して東洋全體の問題と爲る可きや疑ふまでもなきことなれば其無事靜謐は殊に日本の爲に祈らざるを得ず例へば日常人事の交際に於ても隣家町内互に無事靜謐を守るは大切の務にして若しも町内に火事喧嘩の沙汰あるときは隣家の權理として斯る麁忽なきやうにと之を警め又これを請求せざる可らず東洋の和親は恰も隣家の交際に等しく朝鮮に事あるは取も直さず町内の火事喧嘩にして同町に住居する我日本の迷惑なれば彼の無事獨立は我自國の爲めに之を重んぜざるを得ず故に朝鮮の獨立を妨るものは東洋と名くる一町内の靜謐安寧に影響を及ぼす者として我輩は我利害の輕重に從て之を咎めんと欲するものなり

朝鮮に關する利害は日本支那何れか重もしと云ふに我輩は淡泊に支那の利害は日本よりも大切なりと白状する者なり日本は海を隔てて境界の區別判然たれども支那は陸地相接するのみならず現政府の根據たる滿州は恰も朝鮮と腹背を相爲すものなれば若しも朝鮮の藩塀を失ふが如きは愛新覺羅氏の爲めに憂の大なるものと云はざるを得ず今日にても萬一支那の内に亂を生じて現政府が其亂を避くるの塲合に迫ることもあらんか滿州に都を遷さんとす可きは必然の勢にして既に先年長髮賊の亂の時にも清帝北幸の實例あり滿州地方の無事安全は大に支那政府に必要なれば本國保護の爲にも朝鮮の藩塀は决して撤す可らざるものと知る可し左れば斯る重大の地を他に奪はるることもあらんには支那は恰も外敵を咫尺に招くの姿なれば露國をして朝鮮を窺ふことなからしめんが爲めに力を盡し世界各國の公認したる其獨立を幇助維持するこそ支那の上策又正當の道なれと我輩の信する所なるに然るに今世界の公認を塗抹し所屬論の舊筆法を以て隣國を兼併せんとするが如きは却て亂階を早むるの端なる可きのみ我輩は虚心平氣單に支那の利害のみを視て兼併の非策を明言する者なり                (未完)