「憲法の發布」
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時事新報に掲載された「憲法の發布」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
憲法の發布
數へて本日に至りて彌々我が帝國憲法を發布せらるゝの當日とはなれり紀元節の嘉辰に當
りて更に我國第二の紀元とも申すべき立憲政治の基礎を定めらるゝことなれば我輩は世人
と共に大に慶賀の意を表し未來永久國運の繁榮を祈りて已まざるものなり扨其明文は午前
十一時以後に非ざれば未だ拜讀に由なしと雖も竊に案するに日本の政體たる古來純粹無雜
の專制政治にして人民が政治に參與する抔とは二十年前曾て夢想せしこともなく上流は淡
恕たり下流は蠢爾たるの有樣なりしに一朝端なく文明の風に誘はれて國會開設の事を約し
爾後在朝の當局者が憲法取調の爲め歐洲諸國を巡歴するなど匇々の準備にして今日發布の
盛式に逢ひ顧みて二十年の前後を見れば至静至動の激變、世界古今に比類なき所のものに
して啻に外國人の耳目を驚かすのみならず兼て國會の待設けたる吾々日本國民の身に於て
もあしびきの長長しと思ひし其日月を今より顧みれば却て速なりしに驚かずんばあらず唯
その速なるのみにあらず西洋諸國の例を見れば憲法發布、國會開設等の事は中々容易なら
ずして治者被治者の間に種々の紛紜を釀し積り積りて遂に反動の爭を起すの常なれば騒動
の緩劇長短こそ相異なれども其騒動は免る可らず所謂雨降りて地固まるものにして騒動を
起すに非ざれば憲法、國會を買ふに由なきものゝ如くなりしに獨り日本は其種子を西洋に
求めたるにも拘はらず先例の惡きものは之に傚はずして唯その利益のみを取り未だ雨降ら
ずして大地先づ固まり政府が主と爲りて議會を開かんとすれば人民は客と爲りて之に滿足
し主客互に歡迎して四海波靜に芽出度憲法の發布を見るを得んとは抑も世界の歴史上に一
種の異例を添へたるものにして日本人民が自から其政治上の美徳を誇るも之を爭ふ者なか
る可し扨いよいよ憲法發布の盛式を擧行して茲に一段落を畢り明二十三年に至りて此憲法
より産出す可き國會の實際は如何なるべきや俄に安心す可らざるに似たりと雖も我輩を以
て見れば是亦大に望を屬するに足るものあり其次第は數日前より社告したる如く日本國會
縁起の一編を明十二日より續々數日間の社説に掲載すべければ讀者と共に之に就て國會の
前途を卜せんと欲するものなり